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愛人と本妻(14)
今日も国道沿いを歩く。急坂と階段を上りきると辻はポケットに手を突っ込んで、ぼそっと報告した。
「テスト、通ったみたいだ」
「そうか、よかったな。これでみんなと一緒に卒業できるんだろ」
「まぁな……」
あまり嬉しそうではない。先日の無邪気な心配が嘘のようにそっけない返事に、竜一は突き放されたように黙った。
ぴょるっと海渡りの冷たい突風が吹き付ける。二人とも思わず首をすくませた。
辻は首をすくめたまま罰が悪そうに竜一に身を寄せた。
「お前の方はどうだった?」
「え、何が?」
「テストだよ」
「ああ……思ったより、よかった」
昨日返ってきた期末テストの点数は今まで一番よかった。教師たちも予想外だったのか、急に竜一の進路に対して真面目に話し合うようになったのが印象的だった。
成績があがったのは素直によかったとは思うが、教師たちに褒められることは少しも嬉しいとは思わなかった。
褒められて嬉しそうにできなくて、申し訳ない気持ちになっただけだ。
人は結局、自分たちの考える『成果』を手に入れる可能性が高い人間――言うなれば育て甲斐のありそうな子ども――しか本気で育てる気にはならないのだと実感した。
『成果』が出なければほったらかし、目に見えるわかりやすい『成果』がではじめると自分たちの手柄にしたがる。
教師がそういう職業だというわけではなく、彼らの人格に問題があるわけでもなく、人間とはそういうものなのだ。
それが『評価』というものならば、『評価される』というのなんとつまらないものか。
ふっと内側に入りかけた竜一を辻がひきとめた。
「お前はしっかりしてるもんな」
辻はそう言うが、竜一自身は精神状態に振り回されすぎだと思う。今週がテストだったら多分こんな点数は出ない。
点数が伸びたのは勉強に打ち込んだからというよりも、生活のリズムが正の連鎖に入ったからだろう。
奴隷のようにひれ伏すのみだった辻への性欲も制御できるようになっていたし、なによりも辻が外に出るようになった日までずっと頭に乗っていた重石がなくなったのが大きい。
『お前のおかげだ』
口から出かかった言葉を竜一はぐっと飲み込んだ。
辻との関係次第で成績まで変わるなんて、ちょっと情けないし、辻だってこんなことを言われても困惑するだろう。
昔の辻だったら「そうか、ありがたく思え」くらいのことを言いそうだが、今はそういう雰囲気はない。何かが変わってしまっていた。
「……しっかりなんか、してねぇよ。全然」
ぐらぐら、ゆらゆら、波の上の小舟よりもゆらいでいる。
そこでまたぽつっと会話がとぎれた。
朝の国道は次第に車が増えていく。
魚を運ぶ冷蔵車、通勤用の乗用車、大型の長距離トラック……何台も車が行き過ぎる。
「あのよ」
実和子たちと合流する交差点にさしかかる直前になって唐突に辻が立ち止まった。
「え?」
辻の先を行く格好になった竜一は振り返り、辻の言葉を待った。
「坂口は、退学になったってよ」
あっさりとした口調に坂口への憎悪はなかった。むしろしんみりとした、哀惜に近いものを感じた。
「それは……仕方がないだろう」
「そうだな」
辻は小さく答えて、そのまますっと竜一の横に並び、流されていくものをつなぎ止めようとするように竜一の肩を抱いた。竜一も辻にぴたりと身を寄せて腰に手を回した。誰に見られてもかまわない。誰かの視線を気にしている暇なんてない。昨日と何が違うのか竜一にもわからなかったが、昨日のように会話の代わりとして肉体の触れ合いを求めるような余裕は失われていた。
途中で実和子たちに出会ったが、彼らは何も言わずそっと立ち去った。
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