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第2話

 入ってきたシオンは、僕から五つ椅子を挟んだ定位置に真っ直ぐに向かっていく。  するとカウンターの奥から、シオンの正面に、テオさんが立った。テオさんを見ると、シオンの表情が和らいだ。普段はどこか硬い表情をしているのだが、テオさんを前にするとシオンはいつも安心したような顔をする。何を話しているのかまでは聞こえない。ただ、シオンがテオさんを信頼しているのは、よく伝わってくる。 「スカイ。キッシュと、サイダーのおかわりを」 「あ、分かった」  その時スカイが通りかかったので、僕は二品目の注文をした。わざわざ一品ずつ頼むのも、滞在時間を長くする為の理由作りだ。この店のキッシュは、弁柄(ベンガラ)玉葱が入っていて、とても美味だ。 「お客様には、敬語を使った方が良いんだぞぉ!」  そこへノエリオ君が声を挟んだ。微笑ましくなってしまう。スカイは片目を細めてから、ノエリオ君の兎耳を引っ張っていた。  それから少しして、ウィルが僕に、山林檎のサイダーを運んできてくれた。 「有難う」 「――弓は得意ですか?」 「へ?」 「焼いたら美味い林檎、矢射(やい)たら上手い! っく」 「え?」  顔を覆ったウィルの突然の言葉に、僕は耳を疑った。今、なんて? 矢? 林檎? 僕が元弓使いだと、ウィルも認識してくれていたのだろうか……? 首を捻っていると、スカイが再びやって来た。 「これ、サービスな」 「あ、有難う」  出てきたピクルスを受け取ってテーブルに置いていると、スカイがウィルの服を引っ張って、奥へと戻っていった。一体、何だったんだろうか? 不思議な気持ちで見送っていた、その時だった。 「ダジャレだな」 「へ? ダジャレ?」  その言葉に視線を向けて――僕は硬直した。見れば、声の主はシオンだったのだ。シオンは、僕の方を見ていた。真っ直ぐに視線が合う。この店に通い続けて、初めての経験である。過去にも何度かシオンがこちらを向いた事はあったし、その時僕は、気づいた場合は笑顔を浮かべてそれとなく視線を反らすというのを繰り返していたのだが……じっくりと目が合ったのは初めてだ。思わず僕は赤面した。あんまりにも端正なシオンの顔に、笑顔が浮かんでいる。僕には向いた事が無かったものだ。 「ダジャレは解説するものではありませんよ」  するとテオさんがクスクスと笑った。そちらとシオンを、僕は交互に見る。突然の事で動揺してしまう。 「ロイス」  その時、シオンが僕の名前を呼んだ。僕は、自分の名前を覚えられていた事に狼狽えた。だが、だが、すごく嬉しい……。頬が熱い。 「テオさんの料理が美味しすぎて、今日はつい、いつも以上に頼みすぎてしまったんだ。少し食べないか? 一緒にどうだ?」 「え、あ……」  普段から僕は、笑顔こそ心がけているが、寡黙な方だ。特に店では、スカイと話す程度で黙っている事が多い。だからこんな風に滅多に無い機会だというのに、上手く言葉が出てこない。何を言えば良いのか必死に考えていると、シオンが僕の隣の席に移動してきた。テオさんが料理の皿の移動を手伝っている。僕は慌てた。 「い、良いんですか?」 「ああ」 「じゃ、じゃあ! 僕が頼んだ料理も……」  その時スカイがキッシュを運んできたので、僕はそう告げた。変だ。テオさんはずっとカウンターにいたのに、いつの間に作ったんだろう? そう考えていると、スカイがニヤリと笑った。  ……恐らく、僕が頼むのを見越して、焼くだけの状態にしてあったのだろう。  スカイは僕とシオンを交互に見ると、どこか楽しそうに笑った。  あの笑みは何だ……――と、思いつつも、僕はシオンがすぐそばにいるものだから、緊張してしまい、何も言えない。シオンからは精悍な良い匂いが漂ってくる。 「ロイスはいつからこの店に通っているんだ?」 「ギルドの受付を始めてからです」 「そうか」  頷いたシオンを見て、僕は会話が途切れてしまうのが怖くて、必死で言葉を探した。 「シオンはいつから?」 「――俺は、つい最近だ。好きな相手が、この店にいると気がついてな」 「え」  僕は彼の声に、目を見開いた。僕がシオンの存在に気づいたのも確かに比較的最近であるが、てっきり昔から通っているのだと勘違いしていた。が、それよりも――『好きな相手』……僕の失恋が確定してしまった。顔が曇りそうになった僕だが、必死に笑顔だけは浮かべる。元々叶わないと思っていた恋だ。動揺するなという方が無理ではあるが、こうして話せるだけでも幸せなのだ。

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