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第2話
思えばあいつは初めから、図々しいやつだった。
クラス替えして間もない頃、後ろの席に座っていたあいつはいきなり俺の襟足をそっと撫でてきたのだ。
授業中に突拍子もなくされたものだから、ゾワッと肌が粟立ち、猫のように肩を大きく跳ね上がらせた俺は背後を振り向いた。
文句を言おうと眉根を寄せたが、あいつは頬杖を付きながら悪戯っ子のように笑いを堪えていた。
『ごめん、目の前に刈り上がった襟足が見えたから』
どうにも納得いかない説明をされた俺は、こいつとは色々と合わないんだろうなと直感で思った。けれどそんな気持ちを知ってか知らずか、あいつは俺にちょっかいを出してきた。ノート貸してだの、一緒に帰ろうだの。
あいつと元々一緒にいた雪弥とも話すようになり、3人でいることが多くなった。
あいつは子供の頃に事故で負傷した左足がうまく動かせなくて杖を使って歩いていた。
事情をよく知らない生徒の哀れむ視線が痛いほどに刺さってもあいつは堂々としていて、足の事を嘆いたことはなかったし、顔立ちがよくフレンドリーな性格も相まって男女どちらからも人気があった。
雪弥も俺も、そんなあいつが大好きだった。
雪弥と俺はどちらかと言えば内向型の大人しい性格なので、誰に対しても物怖じせずに話しかけられるような、前向きで明るいあいつを必要としていたし、癒されていた。
休みの日、俺はあいつを誘って何度か遊びに出かけるようになった。
映画館や水族館に行き、外食もした。
雪弥をわざと誘わなかったのは今でも悪かったと思っている。けれどあの時の俺は、もうあいつの事しか考えられなくなっていたのだ。
片足が使えない人だから庇護欲が生まれたというのでは決してない。
俺はきっと、あいつの足に障害がなかったとしても好きになっていただろう。
初めてあいつを思いながら自慰をしてしまった時は流石に罪悪感が纏わりついたが、徐々にそれが日課になっていった。
そしていつものように遊びに出かけた後の帰り道、俺は自分の想いを素直に打ち明けることを決意した。
片足を引き摺り、杖を巧みに操りながら俺の隣を歩いていたあいつのその時の顔は、とても穏やかなものだった。
それがあいつの、俺に笑んでくれる最後の姿になろうとも夢にも思わずに告白をしたのだ。
単刀直入に、好きなんだ、と告げた。
この気持ちは本気で、お前といると楽しい、他に理由はない、そうやってあいつの澄んだ目を見つめながら言った。
するとみるみるうちに、あいつの顔から生気が失われていった。
『え、英太、俺のことそんな風に思ってたの? え、ちょっと無理っていうか……引くわ。ごめん、悪いけど、もう話しかけないで』
逃げるように踵を返してその場を後にしたあいつの後ろ姿を見て、なんてことをしてしまったんだ、と肩をガックリと落とした。
自分はどうなってもいい。けれど同性の俺が好きだと伝えてしまったことで、あいつを深く傷付けてしまった。
それが悔やんでも悔やみきれなくて、安易に気持ちを伝えてみようと行動に移した自分が許せなかった。
次の日から俺は、あいつに話しかけることは無くなった。あっちも俺を見ることは無くなって、あいつは俺と雪弥の元から離れて別の友人グループと仲良くするようになった。
雪弥には事情を話したのだが、こんな俺を見放すことはなく傍にいてくれた。そして数日後、俺は雪弥に告白をされた。
『俺で良ければ、あいつの代わりになってあげるよ』と。
その日、雪弥とキスをした。
そしてそれから数ヶ月後、あいつは歩道橋から落ちてこの世を去ってしまった。
あの会話が、俺とあいつの最後だった。
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