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第3話

――それは何度も考えたけど、本人にしか分からないよ。俺だってその日あいつと喋ってないんだ」  雪弥の声で回想がシャットアウトされた。  5年前、あいつがここの階段を上っている途中で足を滑らせて落ちていく瞬間を近くのマンションに住む主婦がたまたま部屋から見ていたので、事故死だったのは間違いない。  あいつの所持品も、いつもの杖と携帯と財布のみで、どこかに買い物にでも行こうとしていたんじゃないかとのことだった。  けれどなぜ足の悪いあいつが、よりにもよってこんな大雪の中1人で家を出たのだろうか。 「ねぇ英太。悔やんでも悔やみきれないのは俺も一緒だよ。でもそうやって考えていても、あいつが戻ってくることは決して無い。こうしてここを訪れて、あいつをいつまでも忘れずにいてあげることが、俺たちに出来ることなんじゃないかな」  雪弥は気遣うように俺の背中をさすってくれている。  長靴の中に入ってしまった雪が靴下に染みていて爪先が痛い。髪も濡れ、全身の熱が奪われていき、筋肉が強張って体が硬直する。  冷風が容赦なく吹きつけると、雪弥も自分の両肘を抱えて血色の悪くなった唇を震わせながら「そろそろ下りよう」と言った。  さっき手向けた花をまた袋に入れてから傘をさし、来た道を戻って行った。  雪弥の家に入り、上がり(かまち)に座って感覚がほぼ無くなった手で両足から長靴を抜き取る。  「おかえりなさい」と雪弥の母親が奥から顔を覗かせた。 「大丈夫だった? こんな雪の中」 「はい。けど、やっぱり手袋は必須でした。手が全然動かないです」 「お風呂沸かしてあるから温まって。今日も泊まっていくでしょう?」 「あぁ、すみません。電車が動いていないようなので、そうさせて頂きます」 「夫も今日は会社の後輩の家に泊まるから帰ってこないし、のんびりして行って。明日は動くといいわね」  先に風呂に入れさせてもらい、着替えて2階の雪弥の部屋に入った。  ベッドに腰掛けながら、俺はさっき歩道橋の上で言っていた雪弥の言葉を頭の中で反芻していた。 「買い物に行けなかったから、夕飯は煮込みうどんくらしかできないけどいいかって母さんが言ってたから返事しちゃったけど、大丈夫だった?」  濡れた黒髪をタオルで拭きながら、雪弥が部屋に入ってきたので頷いた。 「もちろん。雪弥のお袋さんの料理は美味いからな。何でも大丈夫だよ」 「何でもって、じゃあ煮こごりにしてもいいの? 松前漬けでも?」 「……それ以外で、お願いします」 「ふふ、英太のそういう反応、可愛い」  暖かい湯に浸かったおかげでいつもの赤くぽってりとした唇に戻った雪弥は、俺の上に跨った。  どちらからともなく、引き寄せられるようにお互いの唇に吸い付く。  雪弥の口の中に舌を潜り込ませ、粘膜をなぞる。舌の先をじゅっと吸い上げてやると、雪弥はもっととおねだりするように俺の頬に手を添えた。  お互いの頬が一気に火照り、熱を帯びていく。  蹂躙する俺の舌に必死に食らいついてきてくれる、雪弥。一旦顔を離してまじまじと見つめる。  ――大好きな顔だ。  その潤んだ瞳、ハの字になった眉、小さめな唇、華奢な体躯。  この先の行為も求めるように腰が揺れているのも、何もかも愛おしい。 「なぁ雪弥。前も訊いたかもしれないけど」 「何?」 「あいつが亡くなった日、本当にあいつと喋ってないんだよな?」  

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