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第5話

 体を綺麗に拭いて身なりを整えた後も、雪弥はどこか浮かない表情をしていた。  泣き腫らした目を合わせようとせず、大丈夫かと声を掛けてもほんの少し頷くだけで、しばらくしたら背を向けて横臥し布団を頭から被ってしまった。  愛していると言い過ぎて、逆に嘘っぽいと思われてしまったのかもしれない。雪弥は言いたいことが言えないタイプだ。自分の素直な気持ちはもちろん、他人に愚痴を言ったりするのも苦手で、こうやって自分の殻に閉じ籠って我慢する傾向がある。 「雪弥。本当に大丈夫か?」  返事はない。 「なぁ……雪弥。ほんの少しでいいから、思ってる事言えよ。ちゃんと話聞くから」  俺は布団の上から雪弥の足を撫でる。  すると雪弥はものすごい勢いで布団を剥がして起き上がった。 「そんな風に……触んないで!」  雪弥の言葉に、冷や水を浴びせられたような気分になる。  ほんの数分前まで触れ合って慈しんで体を繋げてたっていうのに。  俺は動揺しながらも、仕方なしに手を引っ込めた。  途方に暮れていると、雪弥は急に片方の目蓋をギュッと閉じ、手で頭の片側を押さえ始めた。膝を立てて丸くなり、顔を顰めて全身に力を込めている。   「頭、痛いのか」 「……ん……っ」 「下行って、薬持ってきてやる」  雪弥の返事を待たずして、部屋を出た。  あの苦しそうな姿は今まで何度か見たことがある。  通院するほどではないものの、極度の緊張やストレスからくる頭痛は昔からあるのだと聞かされている。  頭痛なんて滅多に起こらない俺は、雪弥が今どのくらいの痛みに耐えているのかを予測できない。とにかく早く薬を飲ませて楽にさせてやりたい。 「おばさん、頭痛薬ってどこにありますか」 「あら、雪弥、頭痛いって?」  雪弥の母親はもう慣れているのか、特に心配する素振りも見せず、俺に薬の場所を教えてくれた。  リビングの木目調の箪笥の上段から救急箱らしき長方形の箱を両手でそっと下ろし、蓋を開けた俺は息を呑む。  錠剤が入ったPTPシートが隙間なくびっしりと並べられていて、相当な数があった。すべて同じ市販の鎮痛薬で、朝晩2錠ずつ飲むタイプのものなので1日4錠飲むとしても、このすべてを消費するにはそれなりの歳月がかかるだろう。  念の為2、3箱常備しておくのなら分かるが、この量は不自然だ。そうは思ったが、とりあえず手前にあったシートを持って水の入ったコップをもらい、雪弥に両方手渡した。  薬を飲んだ後、雪弥はまた横たわり、膝を抱えるようにして小さくなった。 「無理すんなよ」と声を掛け、雪弥には触れずに部屋の隅で様子を伺っていたら、規則正しい呼吸音が聞こえてきた。どうやら眠ったらしい。

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