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第2話【現在 一】
閉ざされた扉が開くのは、決まった時間だけだ。この数年でステラは身を持って理解した。
朝と昼と夜、食事が運ばれる時と、午前と午後に一回ずつ……教養を強要される時だけ。
午後の勉学が終わり、幸の薄そうな講師が部屋を去った後……ステラは窓の外へ目を向けた。これはいつものことだ。
大粒の雪が宙を舞い、風が吹くと踊る様を見るのは……特段好きでも嫌いでもなかった。特に何の意味も持たず、日課なだけ。この行為に意味はない。
――それが変わったのは、ほんの数週間前からだった。
今日も、雪が降っている。降り込める雪を眺めるステラの心は本人ですら驚く程、落ち着きがなくなっていた。
「――あ……っ!」
小さな声を上げ、ステラは窓へ近付く。冷え切った鍵を開錠し、そのまま音を立てないようゆっくりと窓を開ける。
すると、雪よりも大きな影がステラの部屋に舞い込んできた。
「……ッと!」
その影は身軽にステラの部屋へ侵入すると、音も立てず床へ着地。身に纏う衣服には雪がかかっていて、彼はそれらを手で払った。
「こんにちは」
「おう、こんちはっ。今日もアンタはキレイだな」
「相変わらずお上手ですね」
窓を閉め、カーテンすらも閉める。ステラは笑みを浮かべて、侵入者を見上げた。
侵入者はグルグルに巻いていた布を頭から取っ払うと、無垢な瞳で自身を見上げたステラに目を向ける。
――その瞳は、血のような深紅色だ。
「オレは思ったことしか口にしねぇよ? だから本心だ」
「やはりお上手ですね」
「手厳しいなぁ……」
悔しそうに頭をガシガシと掻く侵入者を微笑ましそうに眺めつつ、ステラは部屋に置いてあるティーポットで紅茶を用意する。
「冷えたでしょう? 今、紅茶を淹れますね」
「気が利くなぁ……そういうところも魅力的だ」
「ありがとうございます」
「う~ん、信じてねぇな?」
雪を払い落としてから、侵入者は細い椅子に座る。妙に品のあるそのデザインは、誰がどう見ても『高価な物だ』と思うだろう。
慣れた手付きで紅茶を二つのカップに注いだステラは、侵入者が座る椅子の前に置かれたテーブルへカップを置く。
「どうぞ」
「ありがとよ。愛してるぜ」
「ふふっ」
「信じてねぇな? まぁ、いいけどよ」
非の打ち所がない笑みを作ったステラの反応を見て、侵入者は笑う。そしてステラがカップに入った紅茶を飲んだ姿もしっかりと眺め、再度笑った。
「顔は勿論だが、所作もキレイだな」
粗暴な手付きでカップを手にした侵入者は、不敵に口角を上げる。
「――さすが、王子サマだ」
その言葉にも、ステラは笑みを浮かべるだけだった。
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