2 / 31

第2話【現在 一】

 閉ざされた扉が開くのは、決まった時間だけだ。この数年でステラは身を持って理解した。  朝と昼と夜、食事が運ばれる時と、午前と午後に一回ずつ……教養を強要される時だけ。  午後の勉学が終わり、幸の薄そうな講師が部屋を去った後……ステラは窓の外へ目を向けた。これはいつものことだ。  大粒の雪が宙を舞い、風が吹くと踊る様を見るのは……特段好きでも嫌いでもなかった。特に何の意味も持たず、日課なだけ。この行為に意味はない。  ――それが変わったのは、ほんの数週間前からだった。  今日も、雪が降っている。降り込める雪を眺めるステラの心は本人ですら驚く程、落ち着きがなくなっていた。 「――あ……っ!」  小さな声を上げ、ステラは窓へ近付く。冷え切った鍵を開錠し、そのまま音を立てないようゆっくりと窓を開ける。  すると、雪よりも大きな影がステラの部屋に舞い込んできた。 「……ッと!」  その影は身軽にステラの部屋へ侵入すると、音も立てず床へ着地。身に纏う衣服には雪がかかっていて、彼はそれらを手で払った。 「こんにちは」 「おう、こんちはっ。今日もアンタはキレイだな」 「相変わらずお上手ですね」  窓を閉め、カーテンすらも閉める。ステラは笑みを浮かべて、侵入者を見上げた。  侵入者はグルグルに巻いていた布を頭から取っ払うと、無垢な瞳で自身を見上げたステラに目を向ける。  ――その瞳は、血のような深紅色だ。 「オレは思ったことしか口にしねぇよ? だから本心だ」 「やはりお上手ですね」 「手厳しいなぁ……」  悔しそうに頭をガシガシと掻く侵入者を微笑ましそうに眺めつつ、ステラは部屋に置いてあるティーポットで紅茶を用意する。 「冷えたでしょう? 今、紅茶を淹れますね」 「気が利くなぁ……そういうところも魅力的だ」 「ありがとうございます」 「う~ん、信じてねぇな?」  雪を払い落としてから、侵入者は細い椅子に座る。妙に品のあるそのデザインは、誰がどう見ても『高価な物だ』と思うだろう。  慣れた手付きで紅茶を二つのカップに注いだステラは、侵入者が座る椅子の前に置かれたテーブルへカップを置く。 「どうぞ」 「ありがとよ。愛してるぜ」 「ふふっ」 「信じてねぇな? まぁ、いいけどよ」  非の打ち所がない笑みを作ったステラの反応を見て、侵入者は笑う。そしてステラがカップに入った紅茶を飲んだ姿もしっかりと眺め、再度笑った。 「顔は勿論だが、所作もキレイだな」  粗暴な手付きでカップを手にした侵入者は、不敵に口角を上げる。 「――さすが、王子サマだ」  その言葉にも、ステラは笑みを浮かべるだけだった。

ともだちにシェアしよう!