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第3話【現在 二】
雪のように儚い、そんな銀髪は好きでも嫌いでもなかった。男のくせに体が薄く、中性的だと言われる容姿に対してもそう。
伸ばすことを求められたから伸ばしている髪を、いつの日からか煩わしいと思わなくなった。気に入ったわけではない。慣れ、というものだ。
薄桃色の大きな瞳は透き通っていて美しいと言われたけれど、そんな自分の瞳をステラ本人は美しいと感じたことがない。
体に筋肉は要らない。力も不要。必要なのは気品と教養だけ。同年代の知人はおろか友も作ってはいけない。ステラの体は、ステラのものであってステラのものではなかった。
それでもステラは、王子だ。
「教育の賜物でしょう」
カップを置き、ステラは正面に座る正体不明の侵入者を眺める。
「今日は何か、良いことがありましたか?」
膝の上に手を置き、背筋を正したままステラは侵入者に問う。
すると当然、侵入者は笑った。
「今、アンタに会ってアンタと話してる。これ以上いいことは世界中どこを探したって見つからないね」
「つまり今日も収穫は無かった、と?」
テーブルに置かれた小瓶から、侵入者は角砂糖を摘まみ出す。それをカップの中にポトリポトリと数個落とし、スプーンでかき混ぜた。勿論、その所作は粗暴だ。
「さてね? 悪ぃがオレは、大切なモンをひけらかさない主義なのさ。当然、アンタのこともな」
「私も?」
カチャカチャと音を鳴らしながら紅茶をかき混ぜる侵入者を見て、ステラは小首を傾げる。
随分と甘くなった紅茶を啜り、侵入者が満足そうに笑う。
「ココから連れ出すのは簡単だが、今はまだ隠しておきたいってことよ」
「簡単、でしょうか?」
「おうとも。……前に話さなかったか? 魔道に長けた仲間がいるって」
「存じております」
数週間前から度々言葉を交わしていたステラと侵入者は、上辺だけ見るとそこそこに円満な交友関係を築いていた。義賊との会話は他愛もないものだが、ステラにとってはどれも新鮮なものだ。
笑みを浮かべたステラを見て、侵入者もつられて笑う。
「そっかそっか! ……まぁ、まだソイツにアンタを見せるつもりはねぇってことさ」
「私なんて、連れ出したところで何の価値もございませんよ」
カップに手を添えたステラの耳に、ハッキリとした声が届く。
「――それは違うね」
正面に座る侵入者が、深紅の瞳でステラを見据える。
「金銀財宝に価値があるように、キレイなモンには価値がある。そして、アンタはキレイだ。それに、男も女も何も関係ないさ」
侵入者はそう言って脚を組み、不敵に口角を上げた。
「アンタは魅力的だ。……スゴくな」
その表情につられるように、ステラは再度笑みを浮かべ直す。
「――義賊様は本当に、冗談がお上手ですね」
その声は、小さな部屋の中で雪のようにとけていった。
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