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第5話【現在 三】

 義賊の青年がステラを王子と呼んだ理由は、未だに分かっていない。  初めはその答えを知りたがったステラだったけれど、今は違った。 「道中、お気を付けて」 「おう。……風邪ひくなよ?」 「ふふっ、義賊様こそ」  紅茶を飲み終え談笑も終えた義賊が立ち上がり、窓へ向かう。入ってくるのが窓なら、出て行くのも窓なのだ。  窓に手をかけようとした義賊の動きが不意に、止まる。ステラは小首を傾げて、動きを止めた義賊のそばへ近寄った。 「義賊様?」 「離れ難いなと思って、な?」 「心配は無用でしたか」 「お? 心配してくれたのか? アンタは本当にいい男だ」  不意に、義賊が振り返る。そのままそばに立つステラの銀髪へ手を伸ばし、一束だけ掴んだ。 「それじゃあオレの王子サマ。お元気で」  そう呟いた義賊は、触れる程度の口付けを髪へ落とす。  ――その時だ。 『コンコンッ』  小気味いいノック音に、ステラはすぐさま振り返る。 「ステラ様。お夕食をお持ちしました」  聞き馴染んだ台詞と声に、ステラは慌てて義賊を振り返った。 「いけない……義ぞ――」  ――が、振り返った時には誰もいない。  開け放たれた窓からは、依然として大粒の雪が入り込んでいる。窓の外を眺めても、人影は見当たらない。  呆気に取られていると、背後から物音がした。夕食を持ってきた女の使用人が、扉を開けた音だ。 「……ステラ様、いかがなさいましたか?」  珍しくもない大雪だが、わざわざ窓を開ける酔狂な人はいない。使用人の女性が訝しむのも当然だろう。  雪が入り込む窓をゆっくりと閉め、ステラは使用人を振り返った。 「……雪に、触れてみたくなりまして」 「はぁ……? そう、でしたか」 「えぇ。お恥ずかしいところを見せてしまいましたね」  カーテンで外界を遮断し、ステラはテーブルへ向かう。夕食を並べる使用人は、二人分用意されたカップを不思議に思うが……何度訊ねても『一人で飲んでいた』と答えるステラ相手に、真実を求めることは諦めた。  温かな湯気が立ち上るスープに、彩りのいい野菜。食欲をそそる匂いを感じながら、ステラは胸の中で呟く。  ――彼は、美味しい食事を摂っているのだろうか……と。

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