5 / 31
第5話【現在 三】
義賊の青年がステラを王子と呼んだ理由は、未だに分かっていない。
初めはその答えを知りたがったステラだったけれど、今は違った。
「道中、お気を付けて」
「おう。……風邪ひくなよ?」
「ふふっ、義賊様こそ」
紅茶を飲み終え談笑も終えた義賊が立ち上がり、窓へ向かう。入ってくるのが窓なら、出て行くのも窓なのだ。
窓に手をかけようとした義賊の動きが不意に、止まる。ステラは小首を傾げて、動きを止めた義賊のそばへ近寄った。
「義賊様?」
「離れ難いなと思って、な?」
「心配は無用でしたか」
「お? 心配してくれたのか? アンタは本当にいい男だ」
不意に、義賊が振り返る。そのままそばに立つステラの銀髪へ手を伸ばし、一束だけ掴んだ。
「それじゃあオレの王子サマ。お元気で」
そう呟いた義賊は、触れる程度の口付けを髪へ落とす。
――その時だ。
『コンコンッ』
小気味いいノック音に、ステラはすぐさま振り返る。
「ステラ様。お夕食をお持ちしました」
聞き馴染んだ台詞と声に、ステラは慌てて義賊を振り返った。
「いけない……義ぞ――」
――が、振り返った時には誰もいない。
開け放たれた窓からは、依然として大粒の雪が入り込んでいる。窓の外を眺めても、人影は見当たらない。
呆気に取られていると、背後から物音がした。夕食を持ってきた女の使用人が、扉を開けた音だ。
「……ステラ様、いかがなさいましたか?」
珍しくもない大雪だが、わざわざ窓を開ける酔狂な人はいない。使用人の女性が訝しむのも当然だろう。
雪が入り込む窓をゆっくりと閉め、ステラは使用人を振り返った。
「……雪に、触れてみたくなりまして」
「はぁ……? そう、でしたか」
「えぇ。お恥ずかしいところを見せてしまいましたね」
カーテンで外界を遮断し、ステラはテーブルへ向かう。夕食を並べる使用人は、二人分用意されたカップを不思議に思うが……何度訊ねても『一人で飲んでいた』と答えるステラ相手に、真実を求めることは諦めた。
温かな湯気が立ち上るスープに、彩りのいい野菜。食欲をそそる匂いを感じながら、ステラは胸の中で呟く。
――彼は、美味しい食事を摂っているのだろうか……と。
ともだちにシェアしよう!