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第8話【現在 五】
振り返った先で佇む義賊は、両腕を広げていた。深紅の瞳が、真っ直ぐにステラを眺めている。
「……よく、意味が……?」
「飛び込んで来い!」
「何の為に?」
「オレがアンタを欲しいからさ!」
ストレートに求められ、ステラは内心困惑していた。
が、勿論表情には出さない。
「そのまま、私を連れ去ろうとお考えで?」
「そうしてほしいなら、今すぐにでもしてやろうか?」
「昨日と言っていることが変わっていますよ」
「手厳しいなぁ」
一歩も動かないステラへ、義賊は距離を詰める。ステラは後退も前進もせず、義賊を見上げた。
深紅の瞳に映る自分は、あまりにもエトワールと似ている。そんなことを考えるくらい、ステラの心には余裕があった。
「王子サマ。この卑しい賤民めにお慈悲をくださいませんか?」
「申してごらんなさい」
「おっ、乗り気だねぇ?」
王族らしく振る舞って見せたステラを見下ろして、義賊が笑う。
そして笑みを浮かべたまま義賊は再度、両腕を広げた。
「貴方を抱き締めて暖を取りたいのですが、お許しいただけますでしょーか?」
「お断りいたします」
「ッか~! ヤッパリダメか~!」
深紅の瞳を細め、提案を断られたというのに義賊は楽しげだ。そんな義賊を見て、ステラも小さく笑う。
「よろしければ何か服を――あぁ、ですが体格が違いすぎて合いませんか……」
「アンタは小さいからなぁ」
義賊とステラの身長は、頭一つ分くらい違う。そして筋肉が全く無く細身で中性的なステラと違い、義賊は立派な男にしか見えない。
けれど、ステラも男だ。義賊の物言いに不満げな顔を浮かべる。
「確かにそうですけれど……そこまで正直に申さなくても良いではありませんか」
「拗ねた顔もキレイだな?」
「話を逸らさないでください」
笑いながら立つ義賊の横を通り過ぎ、紅茶の入ったカップをテーブルに置いたステラは、ムッとした表情のまま椅子に座った。その正面に義賊が座ろうとして……椅子に座るステラの横で立ち止まる。
「怒っちまったか?」
「まさか。私は今の今まで怒ったことなんてございません」
「ウソはよくねぇなぁ?」
拗ねたような表情を浮かべているステラの前に、義賊が跪く。
「低俗な賊の言葉です。どうか寛大な心でお許しください、王子サマ」
「……では、一つ私の頼みを聴いて頂けますか?」
「喜んで」
顔を上げた義賊に向かって、ステラは上品に微笑んだ。
「紅茶を淹れたのですが、さて……正面には誰もいません。困りました。貴方様さえ良ければ、話し相手になってくださりませんか?」
ステラのお願いに、義賊はもう一度……たった一言「喜んで」と答えた。
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