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第11話【現在 七】

 天命だと、ステラは自嘲の笑みを零すしかなかった。  義賊の言う通り……翌日は澄んだ青空が広がっていたから、ステラは一日をベッドの上で過ごしたのだ。目を閉じ、誰の顔も見ず、誰にも顔を見せず。  けれどそのまた翌日である今日、カーテンを開いてステラは愕然とした。だからこそステラは、自嘲の笑みを零したのだ。  そして、義賊の言う通り部屋から出ることを決意した。  部屋の出入りは自由。けれど、この小さな別館から外へ出ることだけは許されていない。それらは全て、宰相が決めたこと。  妹であるエトワールを表に立たせ、兄であるステラを別館に幽閉したのには……ステラと宰相にしか分からない、確かな理由があった。  ――それは、確執とも呼べる。 「ステラ様、おはようございます」  小さな別館にも、使用人はいた。床掃除をしている使用人がステラに気付くと同時に、挨拶を送る。反射的に使用人へ目を向けた瞬間、ステラの脳裏に一つのビジョンが浮かび上がった。  ――彼女はステラと別れた後、上の空のまま歩き出す。  ――そしてバケツを蹴り飛ばし……廊下に水をひっくり返すのだ。  震えそうになる声をなんとか整え、ステラは笑みを浮かべた。 「おはようございます。……宰相はいらっしゃいますか?」 「宰相でしたら、執務室にいらっしゃる筈です」 「ありがとうございます」  使用人に頭を下げ、ステラは再度歩き出す。  そして、水の入ったバケツを手に取った。当然、使用人は驚く。 「ス、ステラ様……?」 「水が、随分と汚れてしまっています。汲み直してきた方がよろしいかと」 「何と……! も、申し訳ございません……っ!」  ステラからバケツを受け取り、使用人はペコペコと何度も頭を下げる。そしてそのまま、走り去って行った。  その後ろ姿を眺めた後、ステラは一度だけ目を閉じ……すぐに、開く。そうして気持ちを落ち着かせ、執務室へ向かうべく歩を進めた。  執務室と廊下を隔てる豪奢な扉の前に立ち、ステラは深呼吸をした。ここに来るまで、ステラはかなり憔悴していたのだ。  心を落ち着かせるべく、数回深呼吸を繰り返す。そうしてようやく落ち着き、ステラは右手で握り拳を作った。 『コンコンッ』  従者がするノックに比べて、ステラの音は控えめだ。手の震えが伝わってしまうような、情けない音。  けれど相手にはそこまでのことが伝わっていないらしい。扉の向こう側から、普遍的な返事が聞こえた。 「どうぞ」  低く、重厚な声だ。  俯きながら、ステラはゆっくりと扉を開く。 「失礼します」 「……こ、れはこれは……! ステラ王子ではありませんか」  明らかに動揺した宰相の声がする方へ、ステラは頭を下げる。  ――ここからが、本当の苦行だ。  心の中で自身を奮い立たせ、ステラは顔を上げて宰相を見据えた。

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