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第12話【現在 八】
執務室に居るのは、宰相ただ一人だけ。辺りを見回すも、人の姿はない。
ステラは宰相の正面に立ち、にこりと笑みを浮かべた。
「お久し振りです、宰相。最近なかなか顔を見せに来てくれなくて、寂しかったですよ」
「それは大変失礼致しました。王様の執務をお手伝いしていましたら、自分の時間がなかなか作れなくて……」
「構いません。こうして、私が顔を見せに来れば良いだけの話です」
両手を後ろで組み、ステラは笑みを浮かべ続ける。宰相も笑みを浮かべているけれど、どこかぎこちない。
「父様――王様の病状はいかがでしょうか?」
病に伏せる実の父を想い、ステラは宰相に訊ねた。
すると宰相が瞳を伏せる。
「ステラ王子に聴かせるのは大変心苦しいですが……あまり、よろしくはありませんね」
「そう、ですか……王妃と王女は?」
「お二人は元気です。王様の病に胸を痛めてはおりますが、体に異常は見当たりません」
「それは何よりです」
最後に会ったのはいつだったか……正確に思い出せないほど前。最後に見た三人の姿を思い描き、ステラは再度笑みを浮かべた。
「執務の手を止めてしまい、申し訳ありませんでした。自室へ戻ります」
「いえ、お気になさらず。いつでもいらしてください」
「ありがとうございます」
短い会話を終えて、ステラは頭を下げる。それに対し、宰相もお辞儀で返した。
宰相に背を向け、ステラは歩き出す。そしてそのまま振り返ることもせず、ステラは執務室から退出した。
「――邪魔はさせんぞ」
そう呟いた宰相の声は、当然ステラには聞こえていない。
足早に自室へ戻ったステラは飛び込むようにしてベッドへ倒れると、大きく息を吐いた。
「はぁ……ッ」
ベッドの上で毛布に包まることもせず、ステラは体を丸める。そしてその状態のまま目を閉じ、耳を塞ぐ。
頭に走る痛みをなんとか押さえ付けようと、ステラは深呼吸を繰り返した。
「は……はぁ……っ」
だいぶ落ち着いただろう。自分で自分をそう評価し、ステラは脱力する。
ベッドに飛び込んだせいで乱れた髪を正そうと、ステラは起き上がった。そのまま部屋に置いてある大きな姿見の前に立ち、自分の顔を見る。
――正確には、自分の【瞳】を。
「……おぞましい」
普段のステラは、薄桃色の瞳をしている。可愛らしくも儚い、そんな色だ。
――だが、今のステラは違う。
「――させない、絶対に。私が、阻止してみせる……ッ」
血のように赤い瞳に強い決意を宿らせ、ステラは低く呻く。
部屋の中には、眩しいくらい温かな日の光が差し込んでいた。
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