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第16話【現在 十】
決して涙は見せず、しっかりと前を見て立つステラに対し、義賊はいつもと変わらない笑みを浮かべた。
「困ったな。あぁ、困った」
「……義賊、様?」
「オレ以外の誰かを想うアンタなんざ、見たくないんだがなぁ……」
冗談めかしてそうぼやく義賊を見上げて、ステラは眉間にシワを寄せる。
「義賊様、今はそういった戯れに興じるつもりは――」
「なぁ」
刹那。
空気が変わった。
「オレは英雄なんかじゃねぇ。この国を救うなんて大義名分、果たせるようなタマでもねぇ。それでも、アンタはあの日と変わらず……オレに救いを求めるのか?」
深紅の瞳が、ステラをジッと見下ろす。笑みはなく、茶化した様子もない。それは普段の発言からは想像もつかない……それでいて、義賊があまり見せない真剣な表情だった。
いつもは笑顔を向けてくれる義賊から射貫くような視線で見つめられ、ステラは当然動揺する。
――しかし、ステラは曲がりなりにも王子だ。
「自分の騎士は、自分で選びます」
義賊同様、真剣な眼差しで応える。
「オレが義賊でも?」
「はい」
「報酬はオレの言い値だとしてもか?」
「はい」
この国で、ステラと交流できるのは限られた人間だけ。その中から更にステラの味方でいてくれる人なんて……状況をどう見たって、義賊しかいない。
消去法にも見える人選だと、ステラは気付いている。むしろ、違いなんてない。
「信じています」
――それでもステラは、義賊のことを信じていた。
「……そっか」
武骨な手が、ステラの頭へ伸ばされる。
「試すようなことを言って悪かった。勿論、オレはアンタの味方だ」
そう言う義賊の手が、ステラの頭を撫でた。髪にキスをされたことはあっても、こんな直接的な触れ合いは初めてで……ステラは当惑する。
「な、にを……?」
「さてね? あ~……アンタの淹れた紅茶が飲みたい!」
「……困った人ですね、義賊様は」
笑う義賊につられて、ステラも笑みを零す。
『味方だ』と言われただけで、現実的には何も解決していない。それでも、救われた気がした。
具体的な算段は、紅茶を飲みながら話そう。二日間会っていなかったからか、ステラは話したいことが沢山あった。だから浮かれた気持ちのまま、紅茶を淹れようと歩き出したのだ。
――その瞬間。
『バンッ!』
扉が乱暴に開かれる音に、ステラと義賊は振り返る。
――それは、平穏を壊す音だった。
――何故ならそこには。
「別館とは言え盗賊を王室に招くとは、とんだ反逆者ですね……ステラ様?」
不敵に口角を上げた宰相が立っていたのだから。
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