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第17話【現在 十一】

 ステラの部屋に人が出入りするのは、食事と教育の時だけ。そう思い込んでいたし、今まではずっとそうだった。  だからこそ、失念していた。  ――敵は、同じ屋敷にいるのだということを。 「宰相……どうして、ここに――」 「残念です、ステラ様。貴方は犯罪者に加担していたのですね」 「な……っ」  何の前触れもなく突然入ってきた宰相から、義賊は逃げる前に見つかった。宰相の言葉に、ステラは義賊を振り返る。 「アンタが『宰相』って奴かい?」 「それが何か?」 「いや、別に?」  ニヤリと笑う義賊を見て、宰相は眉間にシワを寄せた。  そんな二人の間に割って入り、ステラは宰相を見上げる。 「おや? ステラ様、いかがなさいましたか? まるで、庇っているようではありませんか?」  分かり易い挑発に、ステラは睨むだけで何も言い返さない。  恐らく宰相は、何かしらの方法でステラと義賊の会話を盗み聞きしていたのだ。そうでないと、狙い澄ましたかのようなタイミングでこの部屋に入ってこないだろう。尚且つ、確信を持って『盗賊』と呼ばない筈だ。 「義賊様、お逃げください」 「ハァ……? 何言って――」  そこまで言いかけて、義賊は閉口した。  ――ステラの思惑に気付いたからだ。  一瞬だけ、義賊はステラの髪に触れ、耳を撫でた。 「……情けねぇ騎士だな、オレは」 「それは私が決めます」  わざとらしく肩を竦める義賊は振り返らず、ステラは凛とした声で答える。  元より、宰相の狙いは義賊じゃない。宰相にとって邪魔なのはステラだけだ。  だからこの状況は、義賊が逃げようが捕まろうが……どう転んだって宰相は得しかしない。  ――逃げたら、ステラが逃がしたと報告。  ――捕まえたら、共犯としてステラも捕獲。  だからこそステラは、最悪の中で最善の一手を選んだ。 「犯罪者を逃がすだなんて……いったい何をお考えですか?」 「さて、何でしょうかね……裏切者に答える義理はありません」  精一杯の挑発を、宰相は鼻で笑う。 「まだそんなことを仰っているのですか……やはりステラ様は狂人となってしまったようだ。王室から離れたこの別館で療養してもらいたかったのですが……効果は無かったようですね」 「耳障りのいい言葉ですね……っ」  義賊が窓から出て行こうとしているのに、宰相は一切動こうとしない。それはステラの想像通り……宰相はやはり、義賊の捕獲に重きを置いていないのだ。 「犯罪者に加担し、王家の財宝でも盗ませるおつもりだったのでしょうか……? これ以上妙なことをさせないよう、独房にでも収容しましょう」 「……っ」  背後から、冷たい風を感じる。窓を開け、義賊が部屋から飛び出て行ったのだろう。  刺すような冷気を肌で感じながら、ステラは宰相を見上げ続ける。 「さぁ、ステラ様。参りましょうか」  ステラは数年ぶりに、別館から外へ出た。  決して、本意ではない理由で。

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