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第26話【現在 二十】

 処刑台の上で、鈍く大きな音が響いた。  『ゴトリッ』というその音の発信源は、宰相の足元だ。 「なぁ、お二人サン! 別館でアンタ等が仕えていたステラ王子はコイツで間違いないかいッ!」  眉を八の字にした女性が、隣に立つ幸の薄そうな青年を見上げる。青年は小さく頷いた後、控えめだけれどハッキリとした声で義賊の言葉に答えた。 「はい、間違いありません。そのお方こそ、私達が宰相様に仕えるよう命じられたステラ王子です」  青年の言葉を聴いてから、隣に立つ女性が力強く何度も頷く。 「だ、そうだぜ? 何だったら、会合から戻ってきたエトワール王女に訊いてみるのもいいんじゃないか?」  二人から視線を宰相に戻した義賊につられて、ステラも宰相を見下ろす。  青白い顔をして俯く宰相の足元には、ステラの首を刎ねようと握られた斧が、落ちていた。 「宰相……っ。もう、もう……終わりです」  王女であるエトワールによく似た顔だけれど、ステラの声はきちんとした男性の声だ。それを聞き、国民達は更に確証を得る。  ――宙に浮いているあの御仁こそ、ステラ王子なのだと。  終わりを宣告された宰相は、フラフラと覚束ない足取りで動き出す。 「お、わり……? いままで……今まで、私は、何の為に……あんな、あんな面倒事を引き受けてきたと……ッ!」 「……義賊様」  自身を抱き締めている義賊を見上げて、ステラは囁いた。 「――私を、宰相の許へ」  ステラの言葉に、義賊は困ったように肩を竦める。 「あ~あ……何が悲しくてアンタを他の男のそばに連れていかなくちゃなんねぇんだよ?」 「義賊様……っ」 「ったく。そんな目で見るなっての」  不意に、義賊が足元へ視線を向けた。そのまま小さく頷いた義賊に倣い、ステラも下を見る。  ――義賊を見上げながら頷きを返していたのは、義賊が天に掲げた道具を『盗聴器だ』と言及した、一人の国民だった。  一人の国民……少年に近い青年が手を小さく動かすと、宙に浮いたままピタリと動きを止めていた義賊とステラの体が、ゆっくりと処刑台の上へ移動する。  足が処刑台に着くと同時に、義賊はステラの体から手を放した。 「宰相……」  頬に雪を感じ、冷たい風が髪を撫でる中……ステラは宰相へ近付き、短く告げる。 「父様に、全てを告げます」  ――それは一種の、解雇宣言だ。 「貴方には……ずっと、仕えていてほしかった」  あまりにも切ない本心を添えたところで、宰相の未来は新たに上書きされ、再構築されている。  雪が降り、薄桃色の瞳が深紅に染まらずとも……ステラはその後の未来が分かってしまった。

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