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第28話【終わりに近い未来の始まり 二】
目の前に座る男のことを知っているようで、何も知らない。その事実をまざまざと痛感し、ステラは瞳を伏せた。
自分は何故か、酷く落ち込んでいる。その理由が分からず、ステラは自分の薄い胸板を撫でた。
「……? どうした?」
そんな小さな動きを、ステラの正面に座っている義賊が見逃す筈ない。
瞬時に気付かれただけではなく指摘までされ、ステラは義賊を見つめた。
「いえ……ただ、私は義賊様のことを何も知らないのだな、と……」
「何だ? オレのことが気になるのか?」
楽し気にそう訊ねる義賊から、ステラは視線を逸らす。
「…………そう、みたいです……」
初めて自分を信じてくれた。
他愛もない話をいつもしてくれて、笑顔を貰ったのは一度じゃない。
初めて自分を助けてくれると言い、本当に救ってくれた人。
――すとん、と……ステラの胸に一つの小石に似た何かが投じられ、波紋を作る。
――そしてその波紋が、小さな火種を起こした。
「――私にとって、貴方様は……とても、大切な人のようです」
口にした途端、ステラの胸が熱を帯びていく。それはステラも意図していなかった熱で、当然戸惑った。
――けれど決して、不快ではない。
「もっと、貴方様のことを知りたい。私は貴方様のことを……次は、守りたい。味方でいたいのです」
じわじわと広がっていく熱に浮かされるように、どこか恥ずかしい言葉が溢れてくる。それを止めることができず、ステラはポツリポツリと想いを零した。
一身に向けられたステラの熱に、義賊は小さな声で呟く。
「……シン」
「…………シ、ン?」
「そう。オレの名前。オレは『義賊』でも『貴方』でも……ましてや『サマ』でもない。シンって呼んでくれ」
そう言って椅子から立ち上がった義賊――シンが、両腕を広げる。
そして小さく、笑みを零した。
「飛び込んで来い、ステラ」
――それは、いつぞやに投げられた言葉だ。
深紅の瞳はあの時と同じく、真っ直ぐにステラを見据えていた。
目を丸くしたステラだったが……同じように小さな笑みを浮かべて、あの時伝えた言葉で対応する。
「何の為に?」
それを聴いたシンは両腕を広げたまま、満足そうに口角を上げた。
「オレがアンタを欲しいからさ!」
やはりシンも、同じ言葉を返す。
あの時はまだ、シンの胸に飛び込む勇気が無かった。誰かと共存できる未来を、見られなかったから。
――でも、今は違う。
「――はいっ」
気品溢れる長い髪と、処刑人が着る品性の欠片も無い真っ白な服を翻し、椅子から立ち上がったステラは……シンの胸へ飛び込んだ。
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