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第29話【終わりに近い未来の始まり 三】

 逞しい胸板に顔を埋め、ステラは瞳を閉じた。  胸の奥から、シンの鼓動が伝わってくる。その音が自分の心音と重なって、何故だか妙にくすぐったい。  ステラを抱き締めたまま、シンは囁く。 「これはさっきの件とは関係無いが、四つ目の種明かしだと思ってくれ。……オレがアンタに一目惚れしたのは、別館にあるアンタの部屋に入った時じゃねぇよ」  突然の告白に、ステラは驚愕の眼差しでシンを見上げた。  けれどシンは深紅の瞳を閉じていて、ステラを見ていない。 「すっげぇ大雪の日……アンタ、一度だけ町に下りてきただろ?」 「……そんなこと、ありましたか……?」 「あったよ。……馬車に乗って、王女サマの代わりに」  そこまで言われて、ステラは思い出す。  年に一度王女が町に姿を見せる、祭典の日だ。当日になってエトワールが高熱を出してしまい、急遽代役としてエトワールのフリをした、あの日。  あのパレードを、シンは見ていたのだ。 「寂しげな顔して、馬車から国民に手を振ってたアンタから……目が離せなかった」  別館へ幽閉されたばかりで、どうしていいのかと未来を嘆いていた時だったから、ステラは笑みを作れなかった。当時のことは、ステラ本人がよく憶えている。……苦い記憶として、だ。  細い腰を抱き寄せ、シンは自身の胸にステラを埋めた。 「――オレはあの日、精霊に会ったんだ」  ステラが精霊に出会ったのは、快晴の日。そして与えられた能力は、晴れの日に発動するもの。  だからきっと、シンが精霊に会ったのは雪の日だろうと推測はしていた。  けれど……まさか、あのパレードの日だったなんて。そこまでの想定をできなかったステラは、顔を埋めたまま目を見開く。 「きっとあの出会いは、オレの能力が初めて発動した瞬間だったと思う」  言葉の意味を考え、ステラは閉口する。  熟考した後……シンの言っている言葉の意味に気付くと同時に、ステラの頬は熱くなった。  ――【雪の日にだけ、ほんの少しいいことが起きる】……その能力が、初めて発動した瞬間。  ――それが、ステラとの出会い。 「初めてアンタの部屋に入ったあの日……あの時にはもう、アンタに惚れてたよ」  ステラの耳朶に唇を寄せ、シンは低く囁いた。 「アンタが好きだ。ウソ偽りなく、心から」  遠回しのような、あまりにもストレートな告白。鼓動が早鐘を打っているけれど、それは自分とシン……どちらの心音なのか。  ステラには、分からなかった。

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