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朝(昼)帰り
「昨日よりいい声で鳴くんだな」
いわゆる彼シャツの下は何も付けていなくて、寝起き直後に刺激を受けた体は、中心で主張を始めている。
ねっとりと舐め上げる舌の動きが淫猥で、それだけで堪らない。自然光の下ではっきりと見える彼の顔立ちが綺麗で格好良くて、腰が自然にくねる。
「おまえ、もうすっかり女だな」
「えっ、そんなこと」
先端から滴る透明な滴を指先にとって、イヤイヤと振り続ける顔の動きを無視して、その奥に指が差し込まれる。
「まだ柔らかいな。もう一発いっとくか」
ぐいと押し込まれて、喉の奥がひきつるような悲鳴が漏れた。
「や、無理、絶対無理。家に帰れないよ」
「ああ、まあそっか」
どうにか納得してくれたようで、ほっと一安心。
それから座り直させてくれて、どうにかこうにか、少し震える手でサンドイッチを食べ終えたんだった。
なんだかんだで昼過ぎに車に乗り込んだ。本当はずっと寝ていたいくらいまだ体が辛いんだけど、日曜日には両親が揃っているはずだし流石にまずい。夕方からコンビニのバイトが入っているけど、無理そうだから誰か代わってくれそうな人を探さないと。
車の振動さえ腰に響いて、まともに思考できないのが辛い。昨夜から開いていない携帯も気になるし、親にどう言い訳しようかぐるぐる考えながら、健吾さんに問われるままに道案内してしまっていた。
部屋にいる間も、今も。結局名前すら訊いてくれない。脅されて体の関係を求められるよりいいんだろうけど、昨夜のは気まぐれで、ただ女装した男が物珍しくて手を出しちゃったんだ。もう会うつもりもないんだって考えただけで、凄く胸が痛む。
初めての人。ドラマとかマンガとかみたいにロマンチックなこと求めてないし、同性同士だし。
だけど俺にとってはすっげー特別な感じなのに、健吾さんにとっては夏の一日の気の迷い。名前すら要らないような、通りすがりのモブの一人。
なんだよなー……。
「あ、ここでいいです」
家の近くまで来て、流石に玄関前に付けられたら色々とまずい気がして、ちょっと手前の待避場所があるところで降ろしてもらう。住宅地だから車一台と歩行者が擦れ違えるくらいの道幅しかなくて、対向車が来たらあちこちで少しだけ広くなっている待避地点で停めて待つような狭いところだ。
だから、ちょっと足を着いただけで腰が抜けそうになるのを必死で堪えて、巾着だけ持って降りる。着せてくれたハーフパンツとTシャツはぶかぶかだったけど、返さなくていいって言われてしまった。アパートを出る前にクリーニングの引き取り券も渡されて、朝ご飯を買いに出たついでに浴衣一式出しといたからって。これも自分で取りに行けってことなんだろう。
小銭しか持ってない俺は、一旦帰らないとクリーニング代すら払えなくて、そんなのいいって言われても気になって仕方なかった。
あの、と口を開くと、いつも見ていたようなだるそうな目つきで車の中から見上げられる。
「ありがとう、ございました」
ぎりぎり、泣くのを堪えた変な声になってしまった。もうそれ以上何も言えなくて、ただ静かに「ああ」と応じてくれた健吾さんにもう一度頭を垂れて、それから吹っ切るようにして家へと向かった。
顔だけなら、集荷時刻にあの郵便局に行けば、見ることが出来る。名前だって知ってるし、帰りがけに道も覚えたから、アパートにだって行ける。
だけど、それを求められていないんだ。
悔しくて、勢いでずんずん歩いている間痛みすら飛んでいってた。そのまま鍵を開けて家に入ると、物音を聞きつけた母親がダイニングから飛び出してきた。
「ノブくん! あんたって子は、」
「ごめんなさい、心配させて」
「遅くなるのと翌日まで帰らないのは全然違うのよ? いくら男の子だからって、何か犯罪に巻き込まれてないか事故に遭ってないかって」
「うん、ホントにごめんなさい」
玄関に立ったまま深くうなだれていると、ぴたりと母親の小言が止まる。
ふわりと風が動いて、背後に人が立ったのが判った。
「すみません、ご連絡し忘れていて。今までずっと僕の家にいたんです。昨日一人で具合悪そうにしているところに出会ってしまって。僕も動転していて失念していました。大変申し訳ないことをしました」
淡々と、すらすらと、健吾さんの声が降ってくる。隣で一緒になって頭を下げているのに気付いて、かあっと頭に血が上った。
「え? ちょっとノブくん、どういうことなの。体調悪いの看ていただいてたの?」
顔を上げると、立ったまま母親もぺこぺことお辞儀をしている。
「そ、そうなんだ……携帯のことも思い付かないくらい気分悪くて。ごめん、立ってるの辛いから、部屋行っていい?」
紅潮が熱のせいに見えたらしく、あらあらあらと慌てながら脇に退けたところをすり抜けるようにして、俺はようやく框に上がった。
振り向いてもう一度健吾さんを見ると、なんだか笑い掛けられているように見えた。ほんのうっすらと、だけど。
ますます顔が熱くなって、目を逸らした。
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