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知らないメール
「まあともかく上がって行ってください。お茶でもお出ししますから」
「いえ、路駐したままなのですぐに動かさないと。これで失礼します」
うちの庭は狭くて、普通車一台しか入れられない。持ち主の父親が在宅の今、庭に入れてもらうわけにもいかず、母親は引き留めるのを断念したらしい。
健吾さんが辞去するのを見送ってから、今度は部屋に行くように急かす母親の声に押されるようにして、思い出したように襲ってくる痛みにふらつきながら自分の部屋に籠もった。
ベッドに転がって、まずは携帯電話を取り出す。そんな気がしてたけど電源が切れていたので、充電ケーブルを差し込んでから電源を入れた。途中で切れたから鳴らなかったんだな。
日曜でも出てくれそうなバイト仲間に電話して、代わってもらうようにお願いする。何人か当たらないと無理だと思っていたのに、一人目で快諾してもらえた。良かった、間に合って。
不在着信もメールもないのが不思議だったけど、なんだかもうどうでもよくなってきた。
莉央と直紀があの後どうなったかより、さっき玄関まで来た健吾さんが気になって仕方ないんだ。
名前も訊かなかったくせに、俺に興味なんてないくせに。
それが社会人の務めだから? 少しは悪かったなって思ってるの? 別に俺の親に愛想なんてしてなくたって、健吾さんは困らないのに。
どうしてかなんて判らなくて。でも気になって。
エアコンを入れたまま、カーテンも引かずに俺はうたた寝してしまっていた。
階下が騒がしいなあと思って、瞼を上げる。パタパタとスリッパの音がして、ノックの後にドアが引かれた。
「ノブくん? 具合はどう? 直紀くん来てるんだけど」
困り顔の母親の後ろに直紀が怖い顔で立ってる。うわー、今なにも喋りたくねえわ。
「うつるものだったら困るから、帰ってもらって」
夏掛けを頭までかぶりながらもそもそと言うと、「私もそう思うんだけど」と困った声だけが届く。
「大丈夫っすよ。俺、夏風邪とかひいたことねえし。あとでしっかりうがいとかしますから、ちょっと話だけさせてください」
「そう? 本当に気を付けて、あんまり傍に寄らないでね」
「はい、飲み物とか何もおかまいなく。すぐおいとましますから」
「わかりました。じゃあ、後は任せるから」
「はい」
ぱたんとドアが閉じて、寄らないと言っていたのにすぐ傍に気配を感じる。
あーあ。夏休みだししばらく会わなくてもいいって安心してたのに。やっぱダメかあ……。
今一番会いたくない奴。莉央のことも、踏ん切りつかないままに、昨日の今日でしかもあんなことがあった後で会いたくなかった。
「人見。顔見せてくれよ」
静かに話しかけられて、俺は布団の中で首を振った。見えないけど、断ったのは伝わってるはず。
「なんで? 俺が一人で来た意味、考えてみろよ。風邪だなんて嘘なんだろ」
どうやら直紀は俺の言い訳を信じていないらしい。それは昨夜一緒だったから? でも、はぐれたあとに急変したとか、考えねえわけ?
ムッとして、ついつい応えてしまっていた。
「嘘じゃねえし」
「嘘だな。電話しても全然出ないし、途中からは電源切ってっし。メール、こんなんだけ送ってきて――」
後半の言葉が震えていて、それで初めて直紀が今どんな表情で話してるのか気になった。
しかも、メール? 着信に気付かなくて、途中でバッテリー切れたなら判るけど、メール? 俺からの? そんなの送ってない。
そろそろと掛け布団をめくると、肘を突いて体を起こそうとした。だけどまたズキンと腰が痛んで、そのまま横向きに枕に頭を落とす。
「人見……」
すぐ近くで、ラグの上に胡座を掻いている直紀の顔が歪んでる。
「泣いたのか」
腕が伸びてきて、顔に触れそうになる。びっくりして後ろに引こうとして、痛くて顔をしかめた。それに驚いたように、ゆっくりと手が引っ込んでいく。
鏡、見てなかったっけ。健吾さんに手を貸してもらってトイレだけは行ったけど、ホントは風呂も入りたかったけど、そんな体力がなかった。そのまま帰ってきちゃったから、きっと酷い顔してるんだろうな。
「どういうことなんだ? 俺の携帯に、誰からも着信なんてなかったけど」
おずおずと言うと、直紀はムッと唇を引き結んだ。
「じゃあ、あれは……いや、順番に話すな。俺も謝らないとだし」
謝るって、なにを。きょとんとしたまま頷くと、ぽつぽつ直紀が話し始めた。
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