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悔しくて切なくて

「昨日さ、人見を一人にしたらどうなるかなって、すっげ可愛かったから他の男にはどう映ってんだろって気になって、わざとはぐれるようにしたんだよ。莉央は反対してたけど。  車道挟んで道の反対側から、人見がどうするのか、こっそり二人で見てたんだ。  最初はそんなに表情変わんなくて、でもそれからだんだん焦ってるのが判ってきて、可哀想だからもう行こうよって莉央が言うのを引き留めて、ナンパされるのも見てた」 「嘘――」  俺が、あんなに困ってたのに。喋ることも出来なくて不安に苛まれてたのに、ずっとそれ楽しんで眺めてたなんて。  怒りを通り越して、幻滅した。この後どう弁明されても、もう直紀の株は上がらねえ。  仏頂面になった俺に、直紀の目が潤んだ。ごめんな、と囁かれても許せない。 「だけど、細い道に引きずられそうになって、さすがにヤバイって、すぐにまた車道越えて戻ろうとしたんだ。でもそうしたら丁度新しい踊りが始まって、車道が埋まって」  前の踊りが終わって小休止していたのが、また別の種類の踊りが始まって通れなくなったんだろう。歩行者天国になって一時的に封鎖されている道だけど、基本はパレードや踊り連のために封鎖してるんだから、演技の邪魔になる通行はしちゃいけない。  だから二人は急いでぐるって大回りして、踊りのスタート地点まで行ってから反対側に渡って俺を捜したらしい。  だけど、もうその時俺の姿はなかった。そう、多分健吾さんに腕を引かれているか、もう車に乗った頃だったんだろう。  それから二人一緒に路地裏も散々捜し尽くして、そうしている間に約束の時間になったからその場所に行って、それからようやく携帯に電話しようって思い付いたらしい。そしたら直紀のバッテリー切れ。まあ、俺が着付けしている間にあんだけイジってた報いなんだろう。莉央と俺は番号の交換してなくて、いつも間に直紀が入ってたから、連絡のしようもなくて。  それでも、もう少しだけって三十分待ってから家に帰ったけど、莉央の家に停めっぱなしの俺のチャリはそのままで、直紀は自宅まで帰って充電しながら何度も何度も電話したらしい。それからメールも。  俺から返信が来て、なんじゃこりゃって急いで電話を掛けたら、もう電源が切られていた。  それが、昨夜の流れ、らしい。  バッテリー切れなのかと思ってたけど、これだと意識して健吾さんが切ったっぽい。どうして、ってそっちの方が気になって、一瞬スルーしそうになってた。 「で、俺からのメールって?」  ちょっと嫌な予感がしたけど、放っておくわけにもいかない。直紀も渋々という感じで携帯を操作すると、こっちに差し出してきた。  送り主は、間違いなく俺になってる。てか、ヒトミってカタカナで登録すんなよふざけんな。これだと完全に女の名前じゃん。  そのままスクロールしていくと、件名なしで添付の写真だけが表示されていく。少し癖のある髪が乱れて、床に散っている。それから半開きの目は焦点を失ってて、開いた唇はてらてらと光っている。首の辺りで軽く握り込んだ両手首は紐で繋がっていて、その下に素肌が見える。上半身だけだけど、腹に白濁が散っていて、肝心なところは写っていなくても、これはエロいことの事後だっていうのが明らかなショットだった。 「俺、だな」  即行で削除。迷わず削除。そのまま端末を直紀に放り投げて、それから自分のを開いてみた。データフォルダには写真が残っていて、それも削除。俺のにもその一枚しかなかったけど、そんなわけないって確信する。  健吾さん、俺に興味あるんだ? 俺をどうにかしたいんだ?  ちょっと嬉しくて、でも別の意味で震えが来た。俺を直接脅すんじゃなくて、直紀に送り付けたことの意味。それが判らなくて、怖い。 「なあ、人見……あの、さっきの写真さ」  直紀はまた言い淀んでいる。  当たり前だ。レイプされたのかなんて、いくら男友達の中で一番仲良くたって訊けねえ。 「気にすんな。もう忘れろ」 「んなこと言ったって」  横になったままも辛くなってきて、俺は仰向けになって膝を立てた。これだと腰だけでも楽だ。 「あのな、一番辛いの俺だろ。その俺が放っといて欲しいっつってんの。新学期になったらちゃんと今まで通りに戻れるからさ……放っといてくれよ」 「けど、こんなメール送ってくる相手だぞ? なんだかんだ脅されて、お前これからも……」 「別にいいよ。俺が女みたいなのは確かだし、飽きるまで女の代わりでも」  言葉を失った直紀が、俺を睨み付けている。横目でちらりとそれを確認して、そうしたらフッて息を吐くような笑いが漏れてしまった。  バカな直紀。俺が、ナンパしてきたあの二人にレイプされたって思ってる。でもそれでいい……。健吾さんは悪くない。健吾さんがこれから何を言ってきても、何をしてきても、きっと俺は、それが嬉しいんだから。  直紀にも、莉央にも、健吾さんのことはずっと秘密だ。  俺の初めての人だから。俺だけの、胸の中にいればいい。 「も、いいだろ……勘弁してくれよ。変な姿勢取らされたし、特に下半身辛いし。なによりさ、今、直紀と喋りたくねえ」  目を閉じて、視界から直紀を消す。 「頼む。俺がこれ以上酷いこと言う前に帰ってくれよ……」  罰ゲームは、ただ女装して夏祭りに行くだけだった。それなのに、予想より女らしく仕上がったのが嬉しくて、他の男の行動が見たくて、わざと俺を一人にした。  女装させられているってだけでも精神的に苦痛なのに、バレたら何を言われるかとか、そんな恐怖なんて知りもしないで、面白いからって勝手にひとりぼっちで放って置かれて。  その後、ナンパされ始めた頃に助けに入ってくれてたら、怒りはしたけど、こんなにがっかりしなかったと思う。ごめんって、もうこれで終わりにしようって帰ってたらそれで納得した。いつもの俺でいられた。  莉央のこととは関係なく、ずっと友達だと思ってた。なのにこれだ。  俺はおもちゃか? お前ら楽しませるために体張るなんて、もうまっぴらなんだよ。  悔しくて切なくて、眦から涙が零れそうになって、慌てて掛け布団を引き上げると、直紀が腰を上げる気配がした。 「ごめん。これしか言えないけど、ホントにごめん」  謝罪の言葉にも身じろぎひとつしないでいると、やがて静かにドアが開閉して、ようやく俺はひとりになることが出来た。

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