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突撃訪問

 体全体の痛みは翌日にはもう引いたものの、ケツに何かがずっと挟まっているような変な感覚は残っていた。だけどまあ違和感って言うだけでひりひりした擦過傷はないみたいで、当日のあの痛みはなんだったんだろうっていうくらいのものだった。  平日のバイトを増やして、もしかしたらっていう期待で土曜は午前中だけにシフトを変えてもらい、日曜は丸々休み。日曜の方が時給がいいから懐は寂しくなるけど、もしものときにまた急に代打を頼むのも大変だしな。  去年一昨年と、平日に直紀や莉央たちと遊んでいたのを思い出す。誰かの家に集まって課題をやったり、カラオケやボウリングに行ったり。海にも行ったっけな。船で無人島に行って、ビーチとして整備されていない浜で大きい石がごろごろしてて、足の裏が痛くってそれでもはしゃいでた。  さすがに三年生の夏はそんなに遊びに行けねえだろって諦めてはいたけど、まさかしょっぱなからこんなことになるなんてな。  少しでも時給高い夜のシフトは暇で、余計なことばかり考えたり思い出したりしてしまう。  直紀は、俺が吐いた嘘の言い訳を莉央に伝えてくれたみたいで、直紀経由で「もうよくなった?」ってメールが届いた。「大丈夫。週末に浴衣一式返しに行くな」って返信したら、自分は出掛けているから家の人に預けておいて欲しいと返ってきた。  直紀とデート、かなあ。  その週末は隣の市で大きな花火大会があって、日中も駅前から広範囲で祭り会場になっている。踊り連の人数なんてこっちの市の祭りとは比較にもならなくて、踊りはともかく花火だけでも見に行こうって県内から沢山の人が押し寄せる。  もしも、こないだ何事もなく済んでいたら、きっと俺たちは三人で出掛けていたんだろう。約束はしてなかったけど、去年一緒にテレビで観ながら、一度行ってみたいなって皆で言い合ったんだ。  陳列棚に商品を補充して、生鮮食品の消費期限を確認する。機械的に視線と手が動いて、そうしている間に二人との思い出はかき消えて、玄関で薄く笑った健吾さんの顔が占領していった。  長かった一週間が過ぎて、土曜日になった。  帰宅して昼ご飯を食べて、あらかじめ引き取りに行っておいた浴衣一式と、草履を袋に入れてから莉央の家に行く。  月曜日にチャリを取りに来たとき、わざと誰もいない時間を選んだ。今日はちゃんと莉央の母親にも挨拶してお礼を言って、袋の中身やそれが何に使われたのか知らない様子の彼女は、にこやかに受け取り見送ってくれた。  そのままもう一つ別の袋を籠に入れて、俺は健吾さんのアパートを目指す。線路から割と近くて、近くにラブホもあるようなちょっと奥まった場所だったけど、すぐに見つかった。健吾さんの乗ってた黒いクーペは駐車場にあって、エアコンの室外機も動いていたから、これは居るなと安堵する。  屋根付きの駐輪ポートも空いてたけど、住人が帰ってきたときのためにそこには停めないで、すぐ隣の空きスペースの隅にした。  覚悟なら、この一週間で決めた。だから、迷わず健吾さんの部屋のチャイムを押した。声だけのタイプらしくて、少し経ってからプツンと繋がった声はやっぱり淡々としていた。 「はい」 「あの、俺……服を返しに来たんですけど」  名前を言っても知らないかもしれなくて。取り敢えず判ってもらえるように言ってみる。プツンと切れて、人の気配が近付いて、鍵が開く。押し開けられたドアの向こうから、ちょっと寝ぼけた感じの健吾さんが現れた。  垂れた眼差しが、頭のてっぺんからじいっと俺を見回して、それからふわんと笑った。  わ、笑った!  かあっと顔が熱くなり、提げている紙袋を差し出すこともなくただ見上げていると、ドアを押さえているのと反対の手で中に引かれる。 「入る?」  もう入ってますけど、とは言えなくて、背後でバタンとドアが閉まってサムターンが回る音を聞きながら、まだ健吾さんだけを見ていた。

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