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せっかく逃がしてやったのに
靴を脱ぐのもそこそこに、長い腕で抱き締められる。体が火照って仕方なくて、息が苦しくて窒息しそうになる。
「おまえほんっと、わっかりやすー」
「え、な、何がですか」
紅潮してるからだろうけど、それだからって気持ちまでバレちゃうもんなんだろうか。どきどきして、心臓が胸から飛び出しそうなくらい跳ねてる気がする。
「折角逃がしてやろうと思ったのに、ったく」
「逃がすって……どういう、」
尋ねようとしたのに、抱き込まれたままずるずると引きずるようにして室内に誘導される。サンダルをぽいぽい脱ぎ捨てて、されるがままに付いていくと、そのままぼふんと健吾さんはベッドに倒れ込んだ。
仰向けの健吾さんの胸に顔を載せるようにして、伸びた腕が俺のハーフパンツの隙間から差し込まれて、温かい手が尻を掴む。
「解ってんのか。ここに来るってことは、俺を選ぶってことはこういうことだ」
「選ぶ?」
「メールの相手……と話はしたのか?」
直紀のことか。谷間に差し込まれた指がゆっくりと動き始めて、意識が散らされる。
「話した、よ。けど、あいつはただの友達で、別にっ」
「友達が無理矢理こういうことされてたら、普通怒るだろ。どうにか解決策探そうとか、そんな話にならなかったのか?」
谷間から窪みへと指先が伝い降りて、ふにふにと軽く押される。口が開きっぱなしになって、吐息の温度が上がっていく。こんなんじゃまともに話なんて出来ない。
「あいつが俺のこと一人にしたんだ。あいつのせいで変な奴らに捕まりそうになったんだ……だから、ぁっ」
乾いたままの指先が少し沈んで、痛いっていうほどじゃないのに、ひくんと喉が反って涙が零れる。
「ノブくんって呼ばれてたな。そっちがいいか? それとも……ひとみ?」
どくん、と。心臓が止まりそうになった。
柔らかに、力強く。今までの誰とも違う、性欲の絡んだ声音で呼ばれて、もう何もかも預けてしまいたくなる。
答えられない唇の傍で、触れるぎりぎりの距離で、名前を呼ばれる。
「ひとみ」
腰の奥が疼いて仕方ない。あんなに痛くて苦しかったのに、なんてこった。また繋がりたいだなんて、あの、最後の時の健吾さんの表情が見たいだなんて、黒い欲望が湧き出てきてる。
「けんご、さ……」
ぺろりと、自分から唇を舐めた。これはもう、堕ちてしまったんだろう。勝手に一方的に見ていただけの存在なのに、いつの間にか心の中に住み着いて、大きくなってた。
実際に関わってみたら、強引なのか優しいのか自分勝手なのか解らない。
まだ全然解んねえのに……
もう、俺は堕ちてしまってる。
「女装してるときのあだ名なのかと思ったら、名字なんだもんなあ」
びっくりした、と呟いて、耳殻に歯を立ててからねっとりと舐められる。
「表札見て、そんな名字あるんだって初めて知ったな」
あの時、俺を追いかけてきた健吾さんだったけど、そういうのも確認したかったんだなってすとんと納得した。
ゆったりとじっくりと外から内側へと刺激が移っていく。差し込まれた舌が立てる水音が大きく響いて、肩だけじゃなくて体が跳ねる。
「そんなとこも一緒で――」
ぎりぎりで届いた小さな声は、後半の何かを飲み込んだようだった。
「ホモじゃないって、言ったけど……ならどうして俺に勃つの?」
好きと言われるのを期待してないと言えば嘘になる。だけど、少なくとも今はそんなはずないって解ってて、それでも訊かずにはいられなかった。
少しでいいから、どんなのでもいいから、俺だからっていう確証が欲しい。そうじゃないと、またあんな苦しい思いをしなきゃいけないのに辛すぎる。
心だけ、ほんのちょっとでいいから、何かに縋り付いて気持ち好くなりたい。
尋ねた声は震えていて、健吾さんに耳の外郭ごと塞がれて思い切り吸われた。
「あー…………っ」
腰の奥の疼きはますます酷くなって、鼻に掛かった声が漏れる。続けて吸われて、ちゅっ、じゅるっていうただならぬ音が脳内をぐずぐず溶かしていく。
「ぁ……はぁ、や……」
「お前こそこんな甘ったるい声出して腰すり付けてきて、ホモじゃないんだろ?」
「んー……」
言わせようとしてるのかな。好きなんだろって訊かれたとき、頷かなかったから?
でも、あの時はまだ今ほどに意識してなかった。ただ、莉央のいうところのイケメンに興味があって、ずっと探しているうちになんだか気になり始めていて。そんなときに、半ば無理矢理にだけど助けられることになって。
「ずっと、女の子にしか興味なかった……だけど、健吾さんだけには、」
耳を吸う唇が離れて、正面で視線が絡む。色素の薄い瞳が、次に言われる言葉なんて判っているって自信を滲ませていて。そんなところも嫌いじゃなくて。
「正直、痛いばっかりでなーんもいいことないけど、それでも抱かれたい。好きにしていいよ。俺に欲情してくれて、嬉しい」
瞬間、ぎらりと流れ星みたいに光が走った。
「言ったな」
どろりとした声が、愉悦を隠しもしないで絞り出されるように耳に届く。ぐい、と押し付けられた股間は硬くなっていて、直接的にはまだなんにも刺激してないのに、その事実だけで舞い上がるような気持ちになってしまう。
「大丈夫、今日はちゃんとイかせてやるよ」
言葉と同時に、下半身の着衣を手と足で剥ぎ取られていた。
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