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こんなのやだよ……

 ――蜜月は、突然に終息したらしい。  ドアすら開けてもらえなくて、力が抜けた俺はへなへなとその場に座り込んだ。しばらく呆然としてたら、通路で邪魔だなって気付いて、それでもまだ力が入らなくてドアに凭れるように向きを変えて、体育座りで小さくなる。  膝を抱えた腕の中に顔を埋めると、自然と涙が流れてきた。  まず大丈夫って言われてたし、試験の時の感触も良かったけど、ちゃんと合格するまでは会うのを控えるって決めて、それを伝えたときに健吾さんもすんなり受け入れてくれた。推薦が駄目なら一般で受け直すつもりで、でもそれだと長く会えないから頑張ったんだ。  本当は、健吾さんが、ペースを落としてでも会いたいって、それがただヤりたいってだけの意味だったとしても、そう言ってくれたなら来てもいいって思ってた。週末に会うくらい、それが二週間に一度とかなら大丈夫だっていう思いもあったから。  だけど「またな」ってすんなり送り出されて、撤回も出来なくて後ろ髪引かれる思いで帰ったんだ。それでようやく合格が確定して、直接会って伝えたくて、いつも通り土曜なら居るだろうって来てみたらこのざまだ。 「はい」  インターフォンから聞こえる久しぶりの声に体が熱くなった。 「あのっ、合格したから、もう大丈夫だから来たんだけど」  ああ、といつもの淡々とした声音が、ちょっとだけ思考しているのが伝わってきた。その時、別の声が割って入ってきた。 「けんごー、先に入るからね」  年上っぽい女性の声に、心臓が凍り付く。さあっと音でも聞こえるくらいに一気に血の気が引いていった。 「あー、まあそういうわけだから。土曜は来るな」  ぷつん、と通話が切れて。それで俺は動けなくなった。  土曜しか来てない俺に、土曜は来るなって。それはもう絶交宣言だろ。メールとか面倒くさいからって電話番号しか教えてもらってないし、電話しても相槌しか打ってもらえないからそんなに長くも話せなくて、近況だけ知らせて終わってた。その間に何も言わなかったくせに、会えない間にちゃっかり女の人と付き合ってたんだ。  恋人になれたなんて思ってなかったけど、俺のひとみって言葉だけ信じて、男の中では特別で、週末の長い時間を一緒に過ごしているだけで幸せだったんだ。  それが、一瞬にして打ち壊されちゃった。  馬鹿だ、俺。きっと最初から言葉だけでいいように踊らされて、高校生の男子が知らなくていいようなことばかり体に教え込まれて、オナニーだけじゃイけないくらいになって。  入る、って家の中じゃ風呂くらいしか思い付かなくて、きっと今頃あの声の人と二人でお風呂に入って、俺にはないおっぱいで体洗ってもらったりして気持ち好くなってるんだ。  たまたま、勝手に近付いてきた女装男子をからかって遊んでたらなついて楽しくて。だけど会えないなら溜まるもんは溜まるから、捕まえたか寄ってきたかしらねえけど、女に乗り換えて。  次から次へと浮かんでくる憶測が真実に思えてきて、もう自分の馬鹿さ加減に笑えてくる。なのに、もう来るなって言われたから今離れたらここにはもう来られないって思うから、腰を上げられない。次にこのドアが開くのは、あの女の人が帰るときだっていうのに、動けない。 「やだ。こんなのイヤだよ……」  埋めた頭を無視して、誰かがぐいっと腕を引いた。 「ちょっと来て」  顔を上げると、髪を長めにしてなんちゃってイケメン風にカジュアルな装いをした男が立っている。健吾さんより少し若い感じ。だけど、来てって言われる理由が判らないから黙って座り込んでいると、チッと舌打ちされた。 「お前、ちょっと前まで散々この部屋で喘いでたやつだろ。来いよ」  驚愕に声も出ないでいると、体重を掛けて引っ張られて、細っこいけどそこまでしたら腕が痛くなるのは避けられなくて、俺はふらふらと引きずられるようにして階段を上がらされた。  健吾さんの真上の部屋。それが、表札も出していない名無し男の住まいらしい。どんと突き飛ばされて、同じ間取りの部屋に転がり込んだ。  物が少ない健吾さんの部屋と同じに見えないくらい、雑然と散らかっている。ゴミは勿論のこと、ドライヤーとか室内に転がさないようなものまで足下にあって、どうやって生活してるんだろうかと心配になるくらいだ。  自分の声を他人に聞かれていたという事実はぼんやりと意識に残っていたけど、なんかもうどうでもいい気分になってくる。  考えなくても、こいつが俺に求めていることなら判る。なんで男でもいいって思えるのか解んねえけど、俺の嬌声がこいつの官能を刺激したのは確かなんだろう。だったらされることは一つ。求められているのも一つ。  万年床で、シーツも換えていなさそうな布団に放り出される。凝縮された男の臭いが鼻につく。健吾さんは、ご飯は作らないけど洗濯は割とまめにしているみたいで、シーツはいつも洗いたての匂いがしてた。  懐かしい記憶に包まれてふわふわしたまま、男に促されて、下半身だけ脱いだ股間に顔を押しつけられる。風呂には入ってるんだろうけど、他の男の体臭ってだけでうんざりする。途端に意識が鮮明になって、あらがうように首を振ると、ぐいっと髪を掴んで引き上げられて、腹に膝を打ち込まれた。 「ぐはっ、う……ごほっ、」 「あいつにはやってたんだろ、歯ぁ立てずにしゃぶれよ。どうせ捨てられたんなら、味見したっていいだろ」  どういう思考をしてたらそんな理屈が通るのか解らない。痛みに顔をしかめて、変なところに唾液を吸い込んで噎せていると、今度は横腹を蹴り飛ばされた。 「あうっ」  瓶やら缶やら転がっている中に倒されて、背中から踏みつけられる。肋は無事だろうかなんて思いながらひゅうひゅうと必死で呼吸していると、背中に腰を下ろした男が俺の下半身の着衣を取り去ってしまった。 「まあ、噛まれたら困るし、取り敢えず突っ込んでからにすっか」  鼻歌でも歌いそうに軽く言われて、尻たぶを両手で開いてあそこに視線が落ちているのが感じられる。 「ふうん、色は綺麗なんだな。中は……きっつー、緩めろよ」  指一本すら通さない拒絶っぷりに、男は腰を上げた。なんかあったっけなあ、とゴミの山を漁っている。今の内に逃げられるかと立ち上がろうとして、痛みにくずおれた。

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