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付き合ってたの?
「言ってないけどな、俺はバツイチだ。妊娠したとか騙されて、覚悟もねえときに無理に結婚する羽目になったんだよ」
突然に明かされる過去に、今度は俺が身動きできないほどの驚きに包まれる。まだ若いのに、バツイチだったなんて。
「いつかバレる嘘なのに、女はずるい。もっといい女狙ってたのに、順番間違えてもう逃げられなくなって、それで友達も何もかもなくした。言い寄ってくる女は、俺の見てくれしか気にしてないから、付き合っている内にすぐ向こうから冷めていく。それで男でもいいからとか、軽く付き合いだしたらな、はまってたのは俺の方だったんだよ……」
「つ、付き合ってたんだ、俺たち」
てっきりセフレかペットか奴隷扱いかと。
「頻繁に電話で話してたまに出掛けたりして、毎週セックスして。これって付き合ってるって言うだろ」
健吾さんは不満そうだ。いやいやいや。
「でも、好きとか付き合おうとか、言われてねえし」
「乙女か、お前は」
突き放すように言われて、もう嫌いだこの人って唇を突き出したら、冗談だって訂正された。
「そういうのって大事じゃねえの? そりゃ健吾さんは言われ慣れてんのかもだけど、俺なんて彼女いない歴が年齢と同じだし、童貞だし、なんてったってファーストキスもまだで全部健吾さんが初めてなのに。それなのにっ」
うっ、と涙がこみ上げてくる。堪えられない。
「それなのにっ、健吾さんが捨てるようなこと言うから、俺本人だって誤解したのに、変な男にまでつけ込まれて大変な目に遭ってっ、」
ごめんな、と囁き声が落ちて、胸に抱き込まれる。今まで本当に色々されたけど、どんなときにも言われなかった、初めての謝罪の言葉だった。
「全部俺のせい、だよな。ちゃんとあいつはぶっ殺して沈めてくるから、だから機嫌直して」
抱き締められるのは大好きだし嬉しいけど、言ってることが不穏すぎる。しかも健吾さんが言うと本当にやりそうな気がする。
震える手で健吾さんの背中に手を回した。すぐにでも飛び出していきそうで、ちゃんと止めないと。
「ダメだよ、警察沙汰になったら、本当に会えなくなっちゃうよ。あの屑はもういいからさ。だから……」
胸から顔を離して、健吾さんと視線を合わせる。まだ揺らいだままの瞳は、いつもより色素が濃いブラウンだった。
「本当に、俺たち付き合ってる? まだ大丈夫?」
あー、と言葉を濁した反応に、がっくりと落胆しそうになったところを「違う」とまた口付けられた。
初めて見る、不安そうな表情はずっと続いていて、毎週会っていた頃の健吾さんとはまるで別人だ。
「やり直し。ひとみがそう思ってなかったならダメだろ。だからやり直す」
至近距離の顔が引き締まり、俺の惚れた健吾さんは、やっぱり世界一かっこいい。
「好きだよ。愛してる。もう二度と言わないかもしれないけど、これが本当の気持ちだから。
だから、付き合おう」
「え、もう絶対に言ってくれないの?」
眉を寄せて首を傾げると、ぐう、と彼は喉の奥で唸った。うーうー言ってる。よっぽど照れくさいんだろうな。
「死ぬ前、くらいなら、言ってもいい」
「それってつまり死ぬまで一緒に居てくれるってこと?」
半信半疑。でも喜色が浮かぶのは防げない。
うー、と唸ってから、多分な、と健吾さんは頷いた。こういうの是非もないって言うのかな。
「じゃあ付き合う! 他の男にヤられた体でいいなら、いくらでも抱いて」
「やっぱあいつ殺す」
「もういいってばさ」
そんなやり取りが続いた後、家に電話して、俺は久しぶりに泊まることになった。
ただ抱き締めあって眠るだけ。時折唇を付けるだけのキスをしながら髪を撫でられて、向かい合わせで寝転んでいるだけで幸せ。
久し振りの、洗い立てのシーツの匂いと健吾さんの体臭に包まれて心地良くて。もう二度とここに横たわることなんてないと思ってたのにって、また涙が滲んでくる。
「どうした?」
囁いて、ちょっぴり不安そうに揺れる瞳が、カーテンを引いていない室内で見えてしまう。ちゅっと音を立てて目尻にキスをして、それからまた唇に口付けられて。
あの男に、ただ突っ込まれるだけの、オナニーのための道具として扱われてみて初めて判ったんだ。
どんなに言葉で苛んでも、健吾さんは俺の体が痛むことや、本当に嫌がることはしなかった。何も知らなかった俺が気付きもしないほどにさり気なく気を遣って、大切にされてたんだなって、今ならちゃんと解る。
「ねえ、どうしてあの日……夏祭りの日だけ、前立腺に触らなかったの」
だからこそ、おかしいと思ってしまった。初めてなら尚更もっと慎重にしてくれそうなものなのに、愛撫らしきものはなく、ただ解すだけで繋がってきたことを。
ああ、と吐息のように応じて、健吾さんは沈黙する。答えるべきかどうか、考えているようだ。
「はっきりとした理由があるわけじゃないけどな……」
そうっと俺の髪を撫で続けるのは、背中だと俺の性感帯に触れてしまうからだろう。
「おまえが、はまったら困ると思ったから」
「はまる?」
「男同士のセックスに。初めてが男で、痛いだけって思い知ったら、もう面白半分に女装して浚われることもないだろ。おまえが俺に恋してるわけじゃないのも知ってた。だからだ」
いつものように淡々と、でも少し切なそうに見えるのは、俺の気のせいじゃないはずだ。
月明かりも届かない半端な地方都市の片隅で、シングルベッドに寝転んで見詰め合っている。エアコンに暖められて乾燥している空気のせいで、喉が渇く。それを潤すものを求めて、俺は目の前にある大きめの口に吸い付いた。
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