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満たされたセックス
重ねるだけじゃ足りない。舌先を捻じ込んで歯列を割って、その奥にある柔らかな肉に絡み付いて、啜る。ミントの香りのする咥内で暴虐の限りを尽くしていると、ぐいっと腰を引かれた。
硬い楔が、俺の中心に押し付けられる。芯を持ち始めていた自身は一瞬にして興奮を顕わにして、互いにぐいぐいと腰を押し付けて擦りあった。
「好き、健吾さん……好きだ」
素っ気無さの陰で、ちゃんと俺のこと気にしてくれていた。一目惚れなんかじゃない。外見が良かったから気を引かれたのは確かだけど、それだけじゃない。
いつでも探してた。毎日会いたかった。言葉を交わしたかった。
それから、抱き締められたくなった。
どうして、なんて、そんなはっきりしたものじゃない。答えなんて見つけられない。ただ、熱を分かち合いたい――それが、初恋もまだだった俺に解る唯一のこと。
莉央に抱いていたような、淡い期待じゃない。
もっともっと直裁で、身体全体が欲している。健吾さんをいいなって言ってた莉央にだって譲ったりなんかしない。
今、確かに俺の腕に、手の中に掴まえているのは、柔らかな身体の女性じゃない。欲しかったのは、俺よりずっと上背があって筋肉が付いてて、日本人なのかちょっと疑問なくらいに薄い色素の眼と髪を持っているこの男だ。
「俺の――オトコ」
口にしたら、それだけで眩暈がしそうなくらいに脳内におかしな分泌物が出ている気がする。
「そうだ。おまえのオトコだ」
ついさっきまで揺れていた瞳には強い光があって、その奥で揺れているのは粘ついた情欲。
「俺の、健吾さん?」
「おまえのだよ。もうつまみ食いしないから、おまえも浚われんな」
好きで浚われたわけじゃないんですけど。不満は唇を尖らせただけで終わり、もう俺以外に抱かないって言われているその言葉がとろりと脳に浸透して、また涙が湧いてくる。
「泣き虫」
「だってさぁ……」
鼻を啜って、しゃくり上げてくるのを耐えていたら、ちゅっと鼻の頭にキスをされた。
「ん……辛かったんだもんな」
あやすように、頭を撫でながら顔中いたるところにキスが降り注ぐ。
辛かったのは、身体より心だったんだ。もしもあいつに犯されて感じてしまってたら、自分に幻滅して、いくら健吾さんが許してくれても、こうして戻ってくることは出来なかったと思う。
男女の違いはあっても、お互いに違う誰かと身体を繋げていた。それでおあいこだなんて言われても、到底納得できることじゃない。
その事実を胸に押し込めたまま、誰にでも気持ちいいって感じる自分を嫌いなまま、健吾さんの傍には居られない。居られる筈がない。
だから、酷くしてくれて良かったと思ってしまう。当たり前の男の反応として、俺に手間暇かけて愛撫なんてしないで、ただ突っ込むだけで痛みしか与えられなくて良かったって思う。
そのお陰で、一度もイけなかった。気持ちいいのは健吾さんだからだってはっきり告げることが出来るんだから。
「ね、健吾さん。しよ?」
強請るように上目に見つめると、またその瞳が揺らぐ。
「無茶言うな。俺が言うのもおかしな感じだけど、自分を大事にしろよ」
違う、とそっと首を振る。
「俺が、したいんだ。出来れば、後ろじゃなくて前だけで……ふたりで一緒に気持ち好くなりたい」
じいっと見つめる先で、ああと納得したように瞬きで応えられる。
「そうだな。それはまだやったことないな」
ずっと射精管理されてのセックスしかしていない俺の、初めてのお願いに、苦笑気味に健吾さんは頷いた。
そのまま向かい合って両手を使ってコキ合うつもりだったのに、ころんと身体を転がされて、仰向けになる。そこに服を脱いだ健吾さんが覆い被さってきて、手の平に取ったローションを二本一緒に撫で付けて握りこみ、屈んでキスをしてくれた。
「何もしなくていいから」
今日だけでご褒美のオンパレードだ。レアだった笑顔を大盤振る舞いされて、顔が火照って仕方ねえ。キスが優しい。その優しい唇でまた微笑まれる。
もう、今すぐ死んでもいい――。
ぬるぬると擦り付けるように撫でていた手で強めに握りこむと、健吾さんが腰を動かし始めた。片手はベッドに突いているけど大変だろうなって、頭の片隅の冷静な部分が囁く。
どうしたら、って視線が泳ぐのに気付いたのか、名前を呼ばれた。
「ひとみ、俺を見ろ」
いつもの、自信に満ちた声。引き寄せられるように視線が行き、欲情の炎が揺らめく瞳に魅入られる。
握った手の平と、健吾さんの裏筋がごつごつ当たりながらも、動きはスムースで。まるで俺自身も挿入してるみたいな気分で、不思議な感じがする。
ずっと堰き止められて当たり前で、後ろでイくように躾けられた。だけど男なんだから本来は前でイきたくて。
今、初めて、好きな人の手でその絶頂を迎えそうになっている。その事実を認識して、凄く満足なのに、何故だか腰の奥が疼いてくる。
「っあ、やっ、」
「いやか?」
嘘だろ? と言うように微笑されて、そうじゃないと首を振る。
気持ちいい。心も満たされて、痛くないことだけされて、凄く幸せで。一番望んでいたことのはずなのに、健吾さんを受け入れられない自分にがっかりしてるんだ。
でも、そんなこと考えたってしょうがない。
「いいっ、気持ちいいよ」
あ、あ、と合い間に声を弾ませながら、見つめ続けた。
解っているだろうに、それでも少しでも不安を持たれてたら嫌だ。腕を伸ばして背中に回すと、また笑みが深くなる。垂れた目尻が優しそうで、これが俺のオトコなんだって、世界中に叫びたい。
「健吾さんも、気持ち、い?」
「いいよ……最高」
そんなはずない。挿入の方が気持ちいいはずなのに、今までで最高にうっとりした表情で見つめられている。
じんと胸が熱くなって、一気に身体の熱が上がっていく。絶頂が近付く。
「あ……イく、イっちゃうっ」
「俺もだ……っ」
余裕のない表情で、彼の動きが速まる。知らずに動いてしまっていた俺の腰もそれに同調して、どっちが後か先かも判らないくらい、殆ど同時に極まっていた。
二人分の白濁が溶けて交じり合って、腹の上に溜まる。カーブに添って流れて行くのが判る。シーツが汚れちゃうな、と思いながらも、余韻に浸っていたくて身動きできない。気持ちも満たされたセックスってこうなんだなって、しみじみと実感した。
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