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旅にトラブルは付き物*
暫く馬車に乗り、暗くなる前に三人は最初の町に到着した。町ではあるがショッテンパードにおいて、町に名前は存在しない。A地区の西の町などと呼ばれる。
「この宿で一番いい部屋を二部屋頼む。扉を隔てて並列している部屋はあるか? あればそちらの方が望ましいんだが」
外が暗くなった頃、三人はこの町で一番ランクの高い宿のフロントに居た。
目立つことは厳禁といえど貴族の子息をランクの低い宿に泊めることは出来ない。資金はいくらでもアギラ家が出してくれるという話だ。
「ございますよ。ベッドは一部屋に二つずつございます」
フロントの男が上機嫌な様子で答える。男の着ている白い制服が割と上物で部屋も上等だろうとシルヴァは判断した。
「じゃあ、それで頼む」
「かしこまりました」
金の代わりにアギラ家の紋章が入ったゴールドのコインを差し出すと男はさらに上機嫌になった。コインの代わりに後で一体いくら支払われるのか。
「お部屋は五階になります。お荷物をお運びいたしますね」
「いや、結構。荷物は自分で運ぶ」
鍵を受け取り、シルヴァは自分の最低限の荷物とシエラの鞄を持って階段を上り始めた。
「僕も結構、大事なものが入っているのでね」
シエラを間に挟んでガーランドも自分のトランクを持って階段を上っていく。
「ここより高い建物は教会以外にないんだね」
部屋に着くなりガーランドが窓に張り付いて離れなくなった。
「シエラ様、俺とガーランドは隣の部屋に居りますので、何かありましたらここの扉からいつでも呼んでください」
「分かりました」
シエラの返事を聞いてから部屋と部屋を繋ぐ扉を静かに閉じようとした時だった。
「ちょっと待って、一緒に夕飯を食べないのかい?」
扉の縁を軽く掴んでガーランドが尋ねてきた。
「何言ってんだ? シエラ様もお疲れなんだ、食事は一人でされた方がいいだろ?」
部屋に付いたベルを鳴らせば係の者が注文を取りにきてくれるというサービスがある。
「いやいや、知らない町なんだから、毒見とかも必要だろう? ベルを鳴らして扉を開けたら危険人物だった、なんてこともあり得ないわけじゃないし」
「……」
元犯罪者のくせに真面なことを言っている。
「確かに、そうだな」
考えた末、シルヴァは三人で夕食を取ることにした。
毒見と言いながらガーランドはしっかりと夕飯を食べ、シルヴァも少しずつ摘み、それなりに腹を満たした。
「では、おやすみなさい」
「はい、ゆっくりお休みください」
今度こそ静かに部屋の扉を閉めたところで、シルヴァは背後に気配を感じ、勢いよく振り向いた。
「な、んだよ?」
至近距離にガーランドの顔があり、思わずたじろぐ。
「そんなに警戒しなくてもいいじゃないか。先にシャワーを借りていいか聞こうと思ってね」
「勝手にしろよ」
ガーランドの身体を押し退け、シルヴァは適当に選んだ窓際のベッドに腰を下ろした。
「君はいつも素直じゃないからさ」
「あんた、俺のこと何も知らないだろ」
「君のことなら分かる」
「ああ、そうかい。もういいから早く行けよ」
話していても埒が明かないとシルヴァはベッドに横になり、ガーランドに背を向けた。
それから暫く背中に視線を感じていたが、シルヴァが反応しないと分かり諦めたのか、バスルームからシャワーの音が聞こえ始めた。
――ヨギ・ウェン・ガーランド、ショッテンパード出身、孤児院育ち、三十二歳、表向きは売れない手品師として地域を点々としていた、その裏で詐欺行為を働き五年前にポラリスによって逮捕、親族関連は不明。催眠術を得意とする。
「うわっ! なんだよ?」
突然、ぼーっとした背中をトントンと叩かれ、シルヴァは酷く驚いて飛び起きた。
「出たよって言ったんだけど、返事がなかったから」
そこにはバスローブ姿のガーランドが立っていた。
「頼むから、静かに近付くのはやめてくれ」
「ごめんね、自分的には凄くうるさく近付いたはずだったんだけど」
よく見ると床にカラフルな紙テープが散っていた。クラッカーでも鳴らしたのだろうか。
「音に気付かないほど集中してたって、何を考えていたんだい?」
紙テープをぐるぐるに丸めてゴミ箱に捨てながらガーランドが尋ねた。
「……」
何故、ガーランドは自分を選んだのだろうかと考え込んでいたら、なんて言えずシルヴァは黙り込んだ。
「疲れてるんだね。あ、この部屋のバスルームには立派な猫足バスタブがあってね? 君のためにお湯を張ったからゆっくり浸かってくると良いよ、って、あれ?」
ガーランドが言い終える前にシルヴァはバスルームに移動し、扉をぱたりと閉めていた。
ガーランドの言うことを聞いたわけではないが、自身も慣れない遠出で疲れていたシルヴァは大人しくバスタブに浸かった。
ウトウトしていたが、部屋から聞こえたガタンという音で目が冴えた。
扉を閉めたバスルームまで聞こえる物音とはなんだ? 侵入者か? と思い、バスローブだけを羽織りシルヴァは部屋に戻った。
扉を開けた瞬間、甘い匂いに包まれる。
「シルヴァ……っ」
「シエラ様?」
いつの間にこちらの部屋に来たのか、そこには苦しそうにキャビネットに凭れ掛かるシエラの姿があった。
上気した頬に潤んだ瞳、部屋中に漂う甘い香りはヒート中のオメガのものだ。
「薬は……、飲んできたのに……」
「直ぐにご自分の部屋に戻って、鍵を掛けてください」
シルヴァはシエラの手を取り、開いたままの扉まで支えて行った。だが、シルヴァもこの先までは行けない。前以て抑制剤を打っているとはいえ、万が一ということがある。
「テーブルの下に抑制剤が入った茶色の袋がありますので腕に打って、落ち着くまで絶対に鍵を外さないでください」
シエラが部屋に入ったことを確認し、シルヴァは扉を閉めて離れた。鍵は向こうからのみ開け閉めすることが出来る。
「おいおい、まさかガーランド、あんたもか?」
熱い視線を背後から感じて、シルヴァは後ろを振り返った。そこには発情し、息を乱したガーランドが立っていた。ギラギラとした瞳がじっとシルヴァを見つめている。
「誘発されてんじゃねぇぞ? ミッションの前に抑制剤を打ってくるのが常識だろう?」
「僕に……ッ、常識は通用しない……」
ゆらりゆらりと不安定な足取りで近付いてくるガーランドにシルヴァは嫌な予感がしていた。
「そんなこと言ってる場合か? 一国の王子の縁談相手を襲ったなんてことになったら大変……、って、なにしてんだ!」
乱暴にベッドに飛ばされたかと思えば、いつの間にかシルヴァの両手首には後ろ手に手錠が嵌められていた。まるで手品のような手際の良さでベッドに倒れ込むまでシルヴァは気付かなかった。
「君を抱く、君が抱きたい……」
うつ伏せのシルヴァの上にゆっくりとガーランドが覆いかぶさる。
「言葉変だぞ? あんたはオメガの香りに発情(ラット)が誘発されてるだけだ。だから、あんたも早く抑制剤を――」
「嫌だ」
「嫌じゃない! 俺はアルファだぞ?」
「分かってる……、でも、君じゃないと駄目なんだ……」
「何言ってんだ?」
駄々を捏ねる子供のようにガーランドは聞く耳を持たない。
「発情して……」
「ッ、俺にあんたの催眠術は効かないぞ?」
熱い吐息を耳に吹き込まれゾクリとする。
「おい! どこ触って……っ」
バスローブの下にするりと大きな手が侵入してきて太ももを撫でた。
「ああ……、これでも我慢してるんだ」
悩まし気な声でガーランドが主張する。
「我慢してるなら、やめろ」
抵抗してガチャガチャと手錠を鳴らす。
「ちゃんと慣らすから」
「話を聞け、よ……っ!」
どこから取り出したのか、潤滑剤か何か冷たい液体を纏ったガーランドの指が窄みを探り当て、シルヴァは息を詰めた。
「お……い!」
そんな物が使えるなら自分に抑制剤を使えよ、と思う。
「ずっと触れたかったんだ」
やはり自分を捕まえた者への復讐のために近付いたのだろうか?
「ん、くっ……」
濡れた指は窄みの上を何度も行き来し、時折、中に入ってこようとする。その度におかしな声が出てしまいそうで唇を噛んで堪える。
「力抜いて」
「……ぁ」
突然、ガーランドの指に力が入った。それが体内に侵入してくる感覚に背筋が慄く。
「キツイね」
「言うな……、ん」
骨張った指がゆっくりと抜き差しを繰り返す。クチクチと卑猥な音が耳に付くが塞ぐことは許されない。
違和感を感じながらも何故、自分の身体は抵抗しようとしないのか。まるで催眠術を掛けられているようだ。
「ここだよね?」
――は?
「ん、あっ!」
急に内壁をぐりっと抉られるように突かれ、嬌声が出た。
お互いの身体に触れるのは初めてのはずだが、ガーランドは直ぐにシルヴァの弱い部分を見つけ出した。
「ここ」
「それ……ぅあ、ぁ、駄目……っだ」
何度も何度も同じ場所を責められ腰をひくひくと震わせて悶える。気付けば、指が三本もシルヴァの中に入っていた。
「なんで、そこばっか……っ」
泣き言のような声が出る。
「君を気持ち良くしてあげたいんだ」
指をゆっくりと引き抜き、囁いた。
「っ……、嘘だ」
指が居なくなっても中にはジンジンとした感覚が残っている。
「嘘じゃない。自分の欲望に負けそうになりながらも理性を保ってる」
そう言って、ガーランドはシルヴァの手錠を外した。
「でも、もう限界なんだ。君もでしょう?」
主張するように張り詰めたガーランドの昂ぶりがシルヴァの太ももに当たる。
「違う。ちが、う」
自由になった両手でシーツを鷲掴み、必死に頭を横に振った。
「君を抱きたい、駄目?」
「駄目だ…、だめ」
誰かに抱かれたことはない。抱かれた時の快楽など知らない。それでも否定的な言葉を口にしながら知らないはずの感覚を求めて勝手に腰が揺れる。
「こんなになってるのに?」
シルヴァの身体を仰向けにし、バスローブの紐を解いた。もう立派に反応したシルヴァのモノが露わになる。それをガーランドの器用な手が包み込んだ。
「ん…っ」
さらに再び後孔を指で責められ、びくっと腰が跳ねた。もう、どちらがどちらの刺激なのか分からなくなる。
「あ…っ、ぁ……っ!」
敏感になっている前を緩々と扱かれ、それと連動するように中を擦れらると先程よりも感度が増しているのか、脳が痺れて快楽に逆らえなくなった。
「もう、や……っ」
自分の声とは思えない甘ったるい声が部屋に響く。これでは何を嫌がっているのか分からない。誘っているように聞こえるかもしれない。
「上手く喋れてないの可愛い」
「んっ」
潤んだ青い瞳を見つめながらガーランドがシルヴァの内ももに一つキスを落とす。
本来ならば「うるさい」と言っているところだが、今はそんな言葉も出なかった。
「僕を受け入れて」
「……ッ」
熱い塊が窄みに宛がわれた。
「はっ、あ…くッ」
ゆっくりと硬い熱が肉壁を押し広げて奥に進んでくる。
「あ、んぁ……」
息を詰めるシルヴァを宥めるように、反り立つ屹立をゆるりと扱いてやると甘い声が出た。
「は……君の中、僕の形になってる」
全てがシルヴァの中に納まると、やけに嬉しそうにガーランドが口角を上げた。
「そんなわけな……ぁ!」
ゆっくりと律動を始めると脳まで一直線に強い刺激が駆け抜け、悲鳴に似た声が出そうになった。徐々に動きが激しくなっていく。
「…――ッ、……く、…ぅ…ッ…、んん…!」
残った理性で必死に声を我慢する。手の甲に噛み跡が残りそうだ。
「んっ、んンッ……!」
熱い。
苦しい。
でも、なんで?
なんで?
初めてのはずなのに、気持ち良い……。
「気持ち良い?」
角度を変えたり強弱を付けたりしながらシルヴァを翻弄し、わざと自分の両手と手を組ませて口を塞げないようにする。
「はぁ…っ、あぁ…っ」
訊くな。
分からなくなる。
心臓がうるさい。
もう分からない。
理性など、どこかに吹っ飛んだ。
「僕は死ぬほど気持ち良いよ。何も考えられなくなりそう」
肩で呼吸しながらガーランドが興奮したように言う。
「ひ…ぃ…っ、あ…っ、ンう…ッ」
シルヴァは既に何も考えられなくなっていた。正直に快楽だけを求め、ガーランドを締め付ける。
「ッそれ、わざと? もうセーブ出来ないよ……!」
必死に留めていた理性を手放して、ガーランドは獣のように激しく腰を動かした。
快感を逃さないようにと勝手に粘膜が吸い付く。
「……ん、あ、あぁっ」
ズンズンと奥まで犯されガクガクと足が震える。ギラギラとした瞳からの鋭い視線でさえ、シルヴァには刺激となった。
「あああ……っ!!」
一際奥に熱を押し込まれ、シルヴァは目の前を明滅させながら果てた。
「くっ」
強い締め付けに中で達しそうになり、慌ててガーランドは自身を引き抜いて熱を外に吐き出した。シルヴァの腹の上で二人の精液が混ざり合う。
「はぁ…、は…」
息を整えながら、腹に散った白濁を布で拭ってやるとシルヴァはガーランドに背を向けた。
「……俺に催眠術は掛けるな……」
そのまま脱力したようにぼそりとシルヴァが呟く。
「……君には効かないんだろう?」
「違う……」
後ろから顔を覗き込むと嫌々をするようにシルヴァは首を横に振った。
「何が違うの?」
「俺じゃない……」
「え?」
「俺の言葉じゃない」
無意識だった。完全に自分の意思ではない。
一体誰の言葉なのか。ぼーっとする頭で考えても答えは出てこない。
「なんで、そんなこと言うの……」
ガーランドの声音はとても悲しそうに聞こえた。
「……分からない……」
戸惑いの言葉を呟くと後ろからそっと抱き寄せられた。
「好きだ、君を愛してる」
どうして、そんなに愛おしそうな声音で告白するのか。どうして、そんな風に優しく身体に触れるのか。どうして……。
「君が恋しい」
――あんたは、俺を通して誰を見ている?
突然、大きな窓を沢山の手が叩くように激しく雨が降り出した。
この感情は雨でも決して洗い流せない……。
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