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不思議な虹彩の手品師

「お二人とも! こちらに行きますよ?」  所々に水溜まりが残ったレンガ畳の上をはしゃぎながらもシエラが慎重に歩いている。  建物の鮮やかさは変わらないが。この町のレンガは黒で統一され、少しばかり冷たい印象があった。しかし、それとは逆に町の人間は明るく親しみやすい。 「お嬢さん、可愛いね。リンゴ、一つどうだい?」  店の並ぶ大路地でお決まりのセリフを言われてもシエラは楽しそうに「私は男ですよ?」と笑った。一方シルヴァは…… 「ああ?」  訂正するのも面倒で自分の中では一番低いと思っている声を出しながら店員を睨み付けた。それを可愛いなと思いながらガーランドは「こらこら」と制止し、店員には「ああ、すみません」と代わりに謝った。 「子供扱いすんな。どう考えても、相手が悪かっただろう?」 「彼らも商品を買ってもらおうと必死なんだよ。――それにしても、他の人の目から見ても君は可愛いんだね。やっぱり僕の目は間違ってなかった」 「ふざけんな、どんな目してんだ? 腐ってんのか?」 「どんな風に見える?」  顔を下から覗き込まれ、不本意ながら視線が合致する。そこにはエメラルドのような緑色の瞳があった。  その瞳が下から真正面に移動していく。シルヴァはガーランドの瞳から視線を外せなくなった。彼は角度によって緑にも青にも見える不思議な虹彩を持っていたのだ。 「腐って……は、ないな」  文句を言ってやろうと思っていたが、あまりにも綺麗すぎる瞳に、もごもごと口ごもる。 「君の青い瞳は透き通る空と海を混ぜたみたいで、とても美しいね」 「うるさいぞ」  一瞬でも奴の瞳を綺麗だと思ってしまった自分を馬鹿だと思った。 「やっぱりお似合いですね、お二人」  シエラが、向き合う渋面と破顔とを交互に見る。 「シエラ様、揶揄わないでください」 「だって私のことを忘れるほど、お二人の世界に入られていたではないですか」 「いえ、そんなことは……、申し訳ありません」  確かに少々シエラのことを忘れかけていたような気もするが、目の前の道化師がお得意の気を逸らすという術を使ったのだとシルヴァは思うことにした。 「私は、あなた方のことを応援しますよ」  ふふっと笑って歩き出すシエラの後をシルヴァは「そうじゃない」という顔で付いていく。後ろから暫くシルヴァの様子を微笑ましく見ていたガーランドがふっと顔を上げ、立ち止まった。 「シエラ様、少々お時間頂いても宜しいでしょうか?」  突然、珍しくガーランドが丁寧に言うものだから、シエラもシルヴァも足を止めた。 「どうしましたか?」 「こちらに寄りたいのです」  ガーランドの視線の先には教会があり、その前では十数人の子供たちが遊んでいた。  ――孤児院育ち……。  シルヴァの脳裏にガーランドのデータが思い出される。 「もちろん、良いですよ。私はシルヴァとこちらで待っていますから。シルヴァも良いですよね?」 「シエラ様が宜しいのであれば」 「だそうですよ?」  そう言ってシエラは、にっこりと笑う。 「ありがとうございます」  シエラに頭を下げ、嬉しそうにガーランドは子供たちの方に駆けて行った。 「一体、何をしてくれるんでしょう?」  門の前に立ち、シエラとシルヴァはガーランドの様子を見つめる。 「これから君たちに魔法を見せよう。さあ、もっと近くに寄って」  子供たちを礼拝堂へと続く階段の前に集め、ガーランドは聞き取りやすい声で続けた。 「一緒に数を数えよう。行くよ? ワン・ツー・スリー!」  どこに隠し持っていたのか、それとも本当に魔法でも使ったのか、ガーランドが両腕をバッと広げるとカラフルな花弁が辺り一面に舞った。  シルヴァの目には、その光景が何かの祝い事のように華やかに見えた。不思議と幸せな雰囲気が伝わってくる。 「わあ!」 「キャンディだ!」 「ありがとう、お兄さん!」  花弁に混じって色々な味のキャンディが投下されていたらしく、それを拾いながら子供たちが笑顔になっていく。ガーランドに肩車をされて喜んでいる幼い男の子も居た。 「ガーランドは子供が好きなんですね」 「悪い人間ですよ、あの男は」 「優しさだって、罪深いときはありますよ?」  ちらっとシルヴァの方を見て、シエラが子供たちの方に視線を戻す。 「……」  何も言わないが、シルヴァも心のどこかではガーランドのことを悪い人間ではないかもしれないと思い始めていた。ただ、それが素直に認められない。そういう性格なのだ、と言い訳をしてしまう。 「お時間ありがとうございました。お礼といってはなんですが、あなた様にもこれを」  二人のもとに戻ってきたガーランドがシエラの目の前でパッと一輪の赤いガーベラを出現させた。まるで何もないところから花を生み出したように見えた。 「綺麗……、ありがとうございます」  シエラがガーベラを受け取るとガーランドはシルヴァの方を見た。 「君には何を出そうか? 何を出してほしい? 君の望む物、何でも出そう」  ――母親。 「出せやしないさ」  数年前に失った母親をシルヴァは望んでいた。だが、死んだ者は戻らない。彼だって、それは十分理解していた。だから、悲しい。 「ごめんね、それは出せないや」  まるでシルヴァの心を読んだようにガーランドが悲しそうな顔をした。  心なんて読めるはずがない。読めないくせに、そんな顔をするな。そんな苦しそうな顔を。 本当は、そう言おうとした。でも、言えなかった。悪い人間のくせに優し過ぎるのがいけないのだ。 「シエラ様、そろそろお部屋に戻りましょうか」  本当の感情を隠すようにシルヴァは微笑んだ。  買い物をするつもりで外に出た三人だったが、結局は見て回るだけで何も購入することはなかった。

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