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旅は道連れ、バトル勃発
二日後、未だに土砂は道を塞いでいたが運河の水嵩が正常に戻ったため、三人はゴンドラで国境近くの町まで移動することになった。
「順調ですね。このまま行けば、暗くなる前に町に着けそうです」
この運河は左右に向きの違った人工的な流れを風車で作り出しているため、一度流れに乗ってしまえば進む速さは普通の運河より何倍も速い。
何もしなくとも勝手に進んで行くため船頭は居らず、シルヴァがオールで僅かな方向調整をしている。
「それで? なんで、あんたまで乗ってるんだ?」
シルヴァの視線の先にはパーセルが居り、ゴンドラの船尾に立ちながら気持ち良さそうに風を受けている。
「もう隠れてる必要がなくなったから」
「それが理由か?」
必要をなくした意味が分からない。
「まあまあ、良いじゃないか」
ガーランドが、またシルヴァにヤキモチを焼かせたいがためだけに敢えてパーセルを甘やかす。そんなこととは露知らず、シルヴァはガーランドに鋭い眼差しを向けた。それを真横から受けながらガーランドが頬を綻ばせないわけがない。
「そうですよ、シルヴァ、旅は大人数の方が楽しいですよ?」
深緑色のフードの下からシエラがにっこりと笑い掛ける。あなたはいつパーセルを認めたのか、とシルヴァは唖然とした。
「あら、シエラ様はお優しい。でも、ちゃんとした理由もあるわ。ここの運河は広いから横の森林からガーランドを狙えないのよ。土砂崩れの影響で馬での尾行も出来ないし」
そう言って、パーセルが悩める乙女のように溜息を吐いた時だった。
「ゴンドラ?」
シエラが呟いた。
見ると反対から別の流れに乗って一隻のゴンドラがこちらに近付いてきていた。こげ茶色のローブを羽織った大柄の男が四人乗っている。
「警戒した方が良さそうだな」
ぼそりと呟いたシルヴァがゴンドラのベンチの下に手を伸ばす。そこに置いてあったレザーの袋から出てきたのは刃がギザギザとしたダガーナイフだった。普段は殺傷能力が非常に高いため、身に着けてはいない。
パーセルの足元には弓矢が横たわっている。
ガーランドは自然な動きでトランクを抱えシエラを隠した。
「……」
男たちはシルヴァたちの方を見ることなく、静かに横を過ぎていく。あまりに静か過ぎて逆にそれが不気味だった。
シルヴァは「まさか、後ろに回り込んで来ないよな?」と思ったが、その予想は的中する。
「嫌ね、戻ってきたわ」
オールを使って横向きになった男たちのゴンドラはこちらの流れに侵入し、急激にスピードを上げてシルヴァたちに近付いてくる。
「……っ」
男たちのゴンドラはドンっと後ろから容赦なく、シルヴァたちのゴンドラにぶつかって来た。
「何の用だ?」
険しい表情で、シルヴァが船尾に立つ。ナイフを持つ手は後ろに隠した。
「可愛い子が乗ってると思ってな」
船首に立ったスキンヘッドの男がシルヴァを舐めるように見る。シルヴァは後ろに隠したナイフの柄をギュッと握り直した。
「アタシたちはポラリスよ。手を出したら、どうなるか分かってるわよね?」
立ち上がってパーセルはポラリスの腕時計を男たちに見せた。
「ポラリス?」
男たちはお互いの顔を見合わせてニヤリと笑った。
「知らねぇな!」
ドンッとスキンヘッドの男がシルヴァたちのゴンドラに乗り込んできた。
「こっち来んなよ! ……ッ、くそ!」
シルヴァは隠していたナイフで男を斬り付けたが、奴の腕に見事に弾かれた。弾かれた振動で腕が痺れる。ローブで隠れていたが、男は腕に銀のアームカバーを着けていたのだ。
「お前ら、ショッテンパードの人間じゃねぇな? やむを得ない。シエラ様、目を閉じて耳を塞いでいてください」
「は、はい」
シエラが指示に従ったのを確認して、殺してやる、とシルヴァは男たちを睨み付けた。
「オメガは殺すな」
男が、ぼそりと仲間にそう言ったように聞こえた。そして、男の腕がシルヴァに伸びる。
その時だった。
「……ぐっ」
小さな銀色の物がシルヴァの後ろから飛んできて男の胸に刺さり、そのまま男はぐらりと倒れ込むように運河に落ちていった。
「あれ? 良かったんだよね?」
男の胸に刺さったのはガーランドが投げた手品用の小型ナイフだった。
「あんた、ずっと黙ってるから、ビビってるのかと思ったぞ」
挑発的な笑みがガーランドを捉える。
「ずっと君の指示を待ってたんだ。なのに何も言ってくれないから、身体が勝手に動いてしまったよ」
やれやれという顔をしてガーランドが立ち上がった。
「次は誰?」
「ふ、ふざけやがって! ぶっ殺してやる!」
自分たちのゴンドラを横並びに着け、黒いドレッドヘアの男と金髪坊主の男がシルヴァたちのゴンドラに足を掛けてきた。
「礼は言わないからな?」
「君は本当に素直じゃないね」
ちらっと視線を送り合いながら、ガーランドは金髪の男の前に、シルヴァは黒髪の男の前に立った。
「ちょっと二人だけで楽しまないでよ!」
叫びながらパーセルは敵のゴンドラに残った栗色の髪の男に向けて矢を放った。しかし、その男はゴンドラの底から盾を起こし、矢を弾いた。
「最悪」
パーセルがしかめっ面で敵のゴンドラに乗り込んでいく。
「ああ、腕が!」
金髪の男に斬り付けられ、ガーランドの左腕がゴトンっと落ちた。
「っていうのは冗談。――眠れ」
金髪の男が腕に気を取られているところに催眠術を掛ける。男は気を失うように崩れ、運河に落ちていった。
「心臓に悪い手品してんじゃねぇぞ?」
黒髪の男から鉈を振り下ろされながら、シルヴァが怒鳴る。そして、ダガーナイフで鉈を受け止め弾き返した。
「君はこういうのが好きだろう?」
落ちた偽物の腕を黒髪の男に投げつけ、ガーランドは素早い動きで金髪の男が落とした長剣を拾った。そのまま、シルヴァの左腕を引っ張り、自分の方に引き寄せる。
「うおおおおおお!」
男が、また鉈を振り上げた。
「おっと」
上からの攻撃をガーランドが長剣で受け止める。
「嫌いだよ!」
下からシルヴァが男の胸にナイフを突き刺した。
「ゴフッ!」
最後に二人で男を蹴り落とす。
そこまでの動きは、二人でテンポの速いダンスを踊っているようで情熱的な音楽が聞こえてきそうだった。
「もう良いだろ? 離れろよ」
「名残惜しいな」
シルヴァが、どさくさに紛れて自分の肩を抱こうとするガーランドの手を叩く。
「なんで! アタシが! 一人で! 戦わなきゃ! ならない、のよ!」
声のする方を二人で見てみると怒りに任せてパーセルが何度も栗色の髪の男を平手で打っていた。
「眠れ」
ガーランドは栗色の髪の男を運河に落とそうとした。
「ちょっと待て、男たちの目的が知りたい」
そのままにしておけよ? という顔をして、シルヴァはシエラに近付いた。いち早く終わったことを伝えなければ可哀想だと思ったのだ。
「シエラ様、終わりましたよ。もう大丈夫で――」
「殺してやる!」
シエラの肩を軽く叩いた時、シルヴァの真横に死んで流れたと思っていたスキンヘッドの男が現れた。突然のことにシルヴァはシエラを抱き寄せて動けなくなった。
すべてがスローモーションに見える。男の手にはガーランドが投げた小型のナイフがあり、それがゆっくりとシルヴァに向かって振り下ろされる。
「く……っ」
瞬間、ガーランドが二人の盾となり、小型のナイフは彼の肩に刺さった。
「あがっ!」
パーセルが放った矢がこめかみに刺さり、再びスキンヘッドの男は運河に落ちていった。
「まさか、ナイフを返してくれるとは思ってなかったよ。痛てて」
そう言いながらガーランドがナイフを肩から引き抜き運河に捨てる。急に、シルヴァの左腕がガーランドの胸倉に伸びた。
「あんた何やってんだ? あんたが守る対象は俺じゃなくてシエラ様なんだぞ?」
「だから、シエラ様も守ったじゃないか。僕は君も守りたかったんだよ」
「お二人とも?」
二人の口喧嘩を見て、シルヴァの腕の中にいるシエラはオドオドしている。
「ちょっと夫婦喧嘩してる場合?」
シエラに手を差し伸べながらパーセルがぴしゃりと言った。
「誰が夫婦だ!」
「その場合、僕が夫かな?」
「ふざけるな」
シルヴァがガーランドの肩を軽く叩いた。
「痛い痛い、僕は怪我人だよ?」
「卑怯だ」
「まあ、無事で良かったじゃないの。ショボい攻撃だったし。それより、この男はどうするのかしら?」
パーセルが並行して進む隣のゴンドラを指差した。そこには固まったように座る栗色の髪の男が居る。
「聞いてみよう」
肩を分厚い布で押さえながらガーランドが男の横に腰を下ろした。
「僕が指を一度鳴らしたら君は何でも答えたくなる」
パチンと軽い音がした。男が目を開け、虚ろな表情でガーランドを見る。
「君らは一体、何がしたかったの?」
「……依頼された」
「何を?」
「オメガの貴族を誘拐しろって」
「誘拐して、どうするの?」
「知らない」
「依頼してきたのは誰?」
「クルーォルの王子」
「なんだと?」
シルヴァが驚愕の声を上げた。
「ウォーカー様ですか?」
シエラが震える声で確認する。
「そうだ」
質問をやめると男も静かになった。
「これ、今回の目的はただのお見合いじゃないわね。帰るべきだわ」
あんたの意見に賛同はしたくないが俺もそう思う、とシルヴァがパーセルの意見に頷く。
「シエラ様、戻りましょう。危険過ぎます」
「ウォーカー様、どうして……」
ショックを受けた様子でシエラは茫然としている。
「シエラ様、あなた様の命が最優先なんです。戻りましょう」
「あ、……分かりました」
シルヴァの声にはっとして、シエラが頷く。
「シルヴァ?」
そして、差し出された手を見て驚いたような顔をした。
「これをあなた様に預けます。これがあれば貴族のオメガだとは思われ難くなる。まあ、さっきみたいな例外はありますが」
彼の手には自分の腕時計があった。
「どうするつもり?」
「時間稼ぎのために俺が身代わりになる。こいつらが失敗したと分かれば、次を寄越してくるだろう」
パーセルに尋ねられながらもシルヴァは敵の乗っていたゴンドラに自分の荷物を移動させ、準備をする。
「駄目だ、そんなのは駄目だよ」
シルヴァの腕を掴み、ガーランドが彼を制止した。
「あんたに決定権はない」
「じゃあ、僕も行くよ。僕も……っ」
突然、崩れるようにガーランドが底に膝を着いた。
「どうした?」
放っておけず、シルヴァが近付く。
「なるほどね、道理でショボい攻撃だと思った。あのナイフ、どうやら毒が塗られていたみたいね」
「そんな……」
ガーランドが絶望的な表情をする。シルヴァも隠していたが同じ気持ちだった。
「ここに応急薬があるけど、解毒をするものじゃなくて、進行を遅らせる物なの。だから、どっちにしても早く病院に行かなきゃ」
「僕は大丈夫だ」
パーセルから応急薬を受け取り、ガーランドは自分の腕に打って直ぐに立ち上がった。
「直に動けなくなるわ」
「病院に行け。パーセル、頼んだぞ?」
こんな時だからか、パーセルは静かに頷いた。
「シエラ様、どうかご無事で」
「ごめんなさい、シルヴァ」
「いえ」
シエラにも別れを告げ、シルヴァが敵のゴンドラに足を踏み入れた時だった。
「ねえ、約束させてよ。君のもとへ、必ず返しに戻るって」
まだ言うのか、と振り向くとシルヴァの首元にあったはずのチョーカーが、ガーランドの手元にあった。
「いつの間に? 今すぐ返せ……お、い」
伸ばした腕を逆に引っ張られ、ガーランドの腕の中に倒れ込む。
「お願いだから、約束させて。必ず、君を迎えに行くから」
不思議な虹彩が自分を見つめている。目を逸らすことが出来ない。自然と見えない引力に引き寄せられ、唇と唇が触れ合いそうになる。
「……離れられなくなる」
ぼそりと、本当に聞こえるか聞こえないかほどの小さな声でシルヴァが呟いた。
本当はこの瞳に惹かれ、離れたくはない。
「あとで会おう」
ガーランドは名残惜しそうに、そっとシルヴァの額にキスをした。そして、こちら側のゴンドラから栗色の男の服を掴み、乱暴に引き寄せる。
「君はこのまま任務を遂行する。彼を無事にクルーォルの城へと送り届けて。僕らは死んだ。それと……何かあったときは、彼を守って死んで」
愛しい人間のために道化師は最後に残酷な言葉を男の耳に吹き込んだ。
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