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クルーォルの陰謀
「降りろ」
運河の終わりで栗色の髪の男がシルヴァに指示した時だった。
「ぐぁっ」
突然、見えない角度から矢が飛んできて男の胸に命中した。ドサッと地面に倒れる男を見ていると沢山の足音が聞こえ始め、気付くとシルヴァは大勢の男たちに囲まれていた。
統一された黒色の騎士服と後ろの方の男が持っている国旗を見て、一目でクルーォルの騎士団だと理解する。
「大丈夫ですか?」
騎士団長だと思われる金髪の男にそう声を掛けられても、シルヴァは全く何が起こったか分からないという顔をした。
「こいつはここら辺を縄張りにしている盗賊の一人なんですよ。危なかったですね」
そう言って、別の騎士が運河に男を蹴落とす。残念ながら、これでガーランドの催眠術も運河に消えた。
「あ……、ありがとうございます」
ほっとしたような表情を演技で浮かべてシルヴァが騎士に礼を言う。
――まさか、こんなに早く男を始末されるとは思わなかった。このタイミングで何故、国境を越えて待っているのか。やはり怪しい。
「あの、もしかして、シエラ様ではありませんか?」
どうして分かるのか。騎士団長は千里眼でも持っているのだろうか? いや、千里眼を持っていれば自分とシエラを間違えないだろう。
「は、はい」
シルヴァは心の中で怪しみながら、控えめに返事をした。
「私はクルーォル騎士団、団長のナーシセスと申します。なかなかお越しになられないので、お迎えに上がりました」
「それはわざわざありがとうございます。途中で土砂崩れがあったり、あの方々に襲われたりして……」
わざと泣きそうな声を出して、か弱さをアピールする。何かがあって逃げ出す時のために敵を油断させておくためだ。
「馬車を待たせております。こちらへ、どうぞ」
騎士団長に案内され、そこからは早かった。
夜の間も薄暗闇の中、馬車を走らせ、国境近くの町も通り越して夜が明ける前に国境を越えていた。
「シエラ様、ようこそおいでくださいました」
「シエラ様、どうぞ。お疲れのところ申し訳ありませんが、お身体をお清めさせていただきます」
クルーォルの城に着いたのは明け方だったが、沢山の使用人たちがシルヴァを待っていた。
「ありがとうございます」
一睡もせず、疲れていたが警戒してシルヴァはそれを顔に出さない。
「こちらへ、どうぞ」
身なりを整えられ、シルヴァは謁見の間に通された。数人の騎士が厳重に警備をしている広く煌びやかな空間だ。高い天井からぶら下がっているシャンデリアが眩しい。
部屋の中心には、気品のある格好をした若い男が立っていた。金髪で碧眼、いかにも王族らしいが、恐らく、これが王子だろう。
「ウォーカー様――」
「シエラ、馬車の中で眠らなかったそうだな? 一体、何を警戒している?」
挨拶をしようとして言葉を遮られた。顔を合わせるのは初めてなのか、前にも会ったことがあるのか分からなかったために遮られたことは好都合だと思った。
「いえ、緊張しているだけです。この日をずっと夢見てきたので」
「そうか。――おい、水を持ってこい」
ウォーカーが呼ぶと使用人が水を持ってきてシルヴァに手渡した。
「喉が渇いただろう?」
「ありがとうございます」
確かに喉が渇いていたため、シルヴァは少しずつ水を口に運んだ。
「何か?」
水を飲む姿をじっと見られ、どきりとする。
「……瞳の色が違う気がするのだが」
「ウォーカー様、私のことをお忘れですか?」
しまったな、と思いながら問い掛ける。
「ふん、まあ良い。オメガなら誰だって構わないのだ」
シルヴァ見つめながらウォーカーはニヤリと笑った。
「何を仰っているのですか?」
「今日から、お前は我が国代表の母となるのだ。毎年、子を産んでもらう」
「はい?」
まったく言っていることが分からない。
「我が国では年々人口が減少している。そのために何年かに一度、他国のオメガを誘拐して毎年孕ませているのだ」
「そんな……」
それが誘拐の目的だったか。何年かに一度ならばクルーォルの王族が怪しまれることはないだろう。これはまずいかもしれない。
「お止めください」
「抵抗しても無駄だそ?」
コップを奪われ、手枷をされた。ここまでされれば普通ならば抵抗は出来ない。
「先程お前が飲んだ水には睡眠薬を入れておいた。目覚めたら、まずは私から相手をしてもらおう」
さらに睡眠薬となれば絶望的とも言える。
だが、シルヴァは焦っていなかった。何故なら彼に薬類は効き難い。訓練で少しずつ慣らした結果である。
「その前に、お前にプレゼントをやろう。誰かと番になられては困るからな」
シルヴァの目の前、ウォーカーの手元で何かがゆらりと揺れる。
金の尾長鳥が刺繍された黒いチョーカー……、シルヴァは目を見開いた。
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