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第2話

 森春馬(モリハルマ)は、朝から疲れていた。  春馬がプロジェクトリーダーとして取り組んでいた新しいシステムのバグが見つかり、休日返上で朝方まで対応していたからだ。  本来なら、フレックスを使って昼から出勤するところだが、朝一番の重役会議で報告しなければならない。  その資料作りもあって、結局、徹夜だった。  あまりもの眠気に意識が半分飛んでいた。  そんな自分に対し、「今朝は、いつもにも増して、大人の男の何とも言えない色香が匂い立っていて、思わず見とれてしまう」と、熱い視線を投げかけている由樹の存在など全く気付くことなく、吊革にぶら下がりながら、本格的に眠りの世界に旅立っていた。  異様な雰囲気に意識を取り戻したのは、それからしばらく経ってからのことだった。  周りをリュックを背負った小学生の集団に取り囲まれている。  いつもは、話し声などしない車内が、「お前、押すなよ~」「キツイよー」と言った不平不満から、「バーカ」「カーバ」といったお約束の罵り言葉、そして「ピザって10回言ってみ?」「手袋の反対は?」とか「ダジャレしりとりしよう?」などと誰もが一度は経験したことがあるようなゲームを始める声で、ザワザワしている。  春馬は、舌打ちをした。  子供と老人が大嫌いだったからだ。  通勤時間帯に乗車をする配慮のない学校にも苛立つが、こんな時に居眠りをしていた自分に一番腹が立つ。  いつもの自分であれば、小学生の集団が乗り込む前に隣の車両に移動していたはずだ。  ギリギリと歯ぎしりをした、その時だった。  自分の股間をさわさわと撫で擦る大胆な動きに、体が固まった。  ――なんだ? 偶然か?  凄まじい乗車率のため、自分をまさぐる手やその持ち主の姿を目でたどることが出来ない。  春馬は、動きを止めて、様子を窺った。  すると、手の動きも止まり、掌全体をじっと押し付けるような動きに変化した。  微妙な動きだ。  これでは、偶然当たっているだけなのか、ワザと触っているのか判断が難しい。  そう言えば、同僚の女子が、偶然当たっているかのように見せかけた判断が難しい痴漢が増えていると言っていた。  今回のこれも、それかもしれない。  185cmを超えるガタイのいい自分に痴漢を仕掛ける不届き者がいるとは考えられなかったが、女性と間違えて触っている可能性は……女性には股間の膨らみはないから一体どこと間違えて触っているのか理解が出来ないが、そんな間抜けな痴漢が全くいないとは言い切れない。  それに、ひょっとしたら、男を触りたいという痴漢がいるかもしれない。  答えを出しあぐねていると、股間にあてられていた手の動きが再び変化した。  細かな振動を与えるような、勃起を誘導するかのような大胆な動きのものに変わったのだ。  自分に痴漢するとは、まったくもって信じられないが、とにかくこれは、男をターゲットにした痴漢に違いない。  春馬は確信した。  生れてはじめての痴漢だ。  どうやって、お仕置きをしよう?  不幸な被害者を増やさないために、二度と痴漢する気にならないほど、懲らしめなければならない。  すっかり、さっきまでの眠気や疲れは消え去り、爛々と目が輝く。  春馬は、穏やかな外見から草食系男子と誤解されることが多いが、実は近頃では珍しい、狙った獲物は逃さない「肉食系男子」だった。  ニヤリと不敵な微笑みを浮かべると、自分の股間に振動を与え続ける不届き者の手首をグッと握りしめた。  

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