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第11話 記憶のカケラ

チュッチュと何度も唇を合わせていると、後ろから控え目な声がした。 「あの〜…、お取り込み中悪いんですけど、ビールのお代わりもらってもいいかな?」 「は…!…ぅ…」 僕は素早く祥吾さんの膝から降りて、キッチンへ走って逃げた。きっと今、僕の顔はゆでダコのように真っ赤になってるに違いない。 ーー祥吾さんに触れたい誘惑に負けて、人前でキスしちゃった…。ど、どうしよう…。 とりあえず、冷蔵庫からビール缶を出して固まっていると、リビングから祥吾さんのドスの効いた低い声が聞こえてきた。 「晴樹…、今すっげーいい雰囲気だっただろ?邪魔すんなよなぁ」 「でも俺が止めないと、ドンドンもっとすごいこと始めるだろ?そーゆーことは、俺が酔い潰れて寝てしまってからにしろよな」 「チッ、可愛かったのに…。雪、大丈夫だからこっちおいで」 祥吾さんに呼ばれて、ビクンと肩が跳ねる。そろそろと振り向いたら松田さんと目が合って、益々顔が熱くなった。 「雪くん、大丈夫。見えてなかったから。俺が見たのは、デレデレに蕩けた祥吾の間抜けな顔だけだから」 「しっ、祥吾さんは、間抜けな顔なんてしません…っ。いつだって、カッコイイもん…」 「えぇ…、雪くんまでデレデレなんかぁ…」 「雪、ありがとう。晴樹が口悪いのはいつものことだろ?ほら、鍋の続きしようぜ」 「え…口悪いのはおまえじゃん…」と、松田さんがブツブツ言いながら、鍋の中に箸を突っ込んでいる。 「松田さん、恥ずかしいところ見せてごめんなさい。はい、どうぞ…」 僕が缶ビールを渡しながらそう言うと、松田さんは顔の前で大きく手を振った。 「違うよ?雪くんは悪くないからね?こいつが悪いんだからね?それと…ビール、ありがとね。ん?あれ?雪くんって…、祥吾が『雪』と名付けただけあって、色が白くて綺麗な肌をしてるよねぇ。つい、触れたくなってしまうよ」 ビール缶を差し出した僕の手を見て、松田さんが何気なく言った言葉に、僕の身体の動きがピタリと止まる。 『おまえを見てると、つい触れたくなる』 『おまえが誘ったっ、おまえが悪いんだっ』 ーーあ…っ、な、に……? 「や……、ひゅ…っ」 突然、呼吸が出来なくなって、僕は、両手で首を押さえてしゃがみ込む。息を吸おうとハッハッと呼吸を繰り返していたら、だんだんと目の前が白んできた。 「雪っ!どうしたっ⁉︎」 「雪くんっ⁉︎…祥吾っ、何でもいいから袋持って来てっ!タオルでもいいっ!」 「わかったっ」 バタバタと走り回る祥吾さんの足音が聞こえる。力が抜けて、倒れそうになる僕の背中を、松田さんが支えてくれた。 「晴樹っ、これっ!」 「サンキュ。雪くん、ゆっくりと息をしようか。大丈夫。俺の声に合わせてみて。はい、ゆっくりと吸って…」 祥吾さんが僕の背後に座って、後ろから抱きしめてくれた。そして、僕の手を握って、松田さんと一緒に声を出す。 松田さんが僕の口に当てたビニール袋の中に、ゆっくりと息を吐き出し、またその息を吸う。二人の声に合わせて呼吸を繰り返しているうちに、普通に息が出来るようになって、だんだんと落ち着いてきた。

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