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第37話 3
講義が終わるとすぐに、理久と映画を観に行った。
前評判は高かったけど、予想していたよりは面白くなかった。
少しつまらなさそうな顔をする僕の機嫌を取るように、理久が、フワフワのパンケーキの店に連れて行ってくれた。
まだ口コミでしか噂が広がってない店らしく、美味しいと評判なのに待たずに入れた。
僕が、生クリームとキャラメルソースがたっぷりとかかったパンケーキを頬張るのを、理久がコーヒーを飲みながら見ている。
「理久、すっごく美味しいよ。食べる?」
「いや、奈津甘いの好きなんだから、奈津が食べていいよ。俺はおまえの嬉しそうな顔を見てるだけで充分」
「ふ~ん…」
僕を微笑みながら見る理久に、少し申し訳ない気持ちになる。
理久がとても優しいから、僕は理久に甘えてしまっている。もうどんなに優しくされたとしても、僕の気持ちが理久に戻ることはないのに。
それをはっきり伝えていいものか、悩む。
だって理久は、過去の償いの為に、僕に優しくしてくれてるだけなのかもしれないし。
僕は小さく息を吐くと、余計なことは考えないように、パンケーキを食べることに集中した。
パンケーキの店を出た後、理久に「俺の家に来いよ」と誘われたけど断った。理久がマメに声をかけてくれるから一緒にいるけど、本当は一人でいたい。翔吾さんとの幸せだった日々を思って、過ごしていたい。
少し悲しそうな顔の理久を見て、心の中で謝りながら駅に向かっている時だった。
あるビルの前に、長い行列が出来ていた。よく見ると、チラホラと男の人もいるけど、並んでるのは殆ど女の人ばかりだ。
「あのビルって、一階に大きな本屋が入ってたよな。作家のサイン会でもやってんのかな?」
「え?」
理久の何気なく呟いた言葉に、僕の心臓が大きく跳ねた。
ーー作家…。確か祥吾さんも、女の人に人気があった…。でも、まさかね…。
こんな所で、今一番会いたいと願う人に会うわけがない。
そう頭では否定しながらも、ビルの入口を通り過ぎる時に、人の頭の隙間から中を覗いてみた。瞬間、僕の周りの時間が止まる。
「…しょう、ご…さん…」
ビルの一階にある本屋の奥で、机を前に座って客と握手を交わす祥吾さんと、目が合った。
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