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 図書館で昼過ぎまで過ごし、講演会の終わる直前に会場になっている街中のホールに向かった。かつては劇場だったという古い建物の前でかじかむ手をこすり合わせながら待つ。入り口の掲示板に、確かに講演会の知らせが貼られていた。写真などはない。講演のテーマと、支援者の名簿が載っているだけだ。  いや、よく見れば小さくだが彼の経歴についても書かれていた。暁の通っている大学とは比べ物にならないほど名門の大学を卒業後、外交官として十年を務めあげる。東欧、東アジアなどを回り、その広い見識と人脈を生かし、革新的な地方政治を志して州議員の道へ。現在、次期州知事に最も近い男……。  間違いない。硝子越しに、その掲示を手でなぞる。  やや待つと、中から次々と人が出てくる。老若男女、とまではいかないが、様々な顔ぶれがある。明らかに政界財界に属しています、というような気風の中年男性が一番多い。つい上客はいないかと目で追ってしまう習性が恨めしい。次に多いのは、中年の女性だ。それも、ごく一般の家庭にいそうな、主婦といった雰囲気の女性たちばかりである。政治家の講演会になぜ主婦が――といった疑問は、それから更に半刻分待って、目的の人物が姿を現したときに払拭された。 「オーウェン州議員。お疲れ様でした」  媚を含んだ男の声にはっとする。会場入り口の横、街路樹に凭れていた体を起こす。背の高い壮年の男が、連れをふたり伴って会場から出てきた。すぐに彼がオズワルドその人だと知れた。雰囲気が、纏う空気が他のふたりとは明らかに異なる。  威風堂々、とでも言うのだろうか。自信に満ち溢れた甘い容貌、目元には深い皺が刻まれつつも、それが彼の容姿を損なうことはない。むしろ与える印象に深みすら与えているように思われる。先の経歴によれば年齢は五十を超えているはずだが、彼からは衰えや疲れを一切感じない。若者のように溌剌としている。なるほど、ご婦人がたが夢中になるわけだ、と暁は口の端に嘲笑を乗せた。  などと冷静に見定めているが、その実、暁の心臓は先ほどからこれでもかというほどに早鐘を打っている。本当に目の前に父がいる。手の届くところに。言葉を交わせるところに。  毎晩毎晩、暁が寝入ったあとで泣いていた母の声を思い出した。オズ、オズ、帰ってきて、と母は毎日彼の名前を呼んでいた。彼の帰るところはこの国にしかなかったというのに。  奥歯を強く噛み締めると、意を決して踏み出す。立ち去ろうとする背中に「失礼」と声をかけた。 「オズワルド・オーウェン氏にお間違いないですか」  機敏な仕草で彼が振り向く。  視線がかち合った。  薄い緑色の瞳が暁を映す。かつて旅先の行きずりの女の腹に捨てた、小さな命を。  彼は声をかけてきた人物が東洋人であると知ると一瞬怯んだようだった。だがすぐに笑みを張り付けて「そうだが」と返す。連れのふたりが懐に手をやるのを見て、暁は体の力を抜いた。寒くてもポケットに手を突っ込んでいなくてよかった。 「ずっと貴方を探していたんです。お会いできて光栄です」 「それはどうも。君は?」  低く落ち着きのある声が、臓腑を震わせる。腹の底に隠した劣情が目覚めてしまうのを必死に抑えながら、暁は美しく笑んだ。 「一介の留学生です。安生(あんじょう)と申します」  名を告げると、明らかにその顔色が変わった。二十余年前に捨てた女とはいえ、名くらいは覚えていたらしい。その反応で、確信が決定的になった。この甘い容貌を持つ溌剌とした壮年が、暁の父なのだ。  内側にぞわりと膨れ上がる黒い感情を表に出さぬよう、努めて妖艶な笑みを浮かべながら、暁は小さく「お話ししたいことが」と囁いた。そしてあらかじめ用意しておいた紙片を、男のトレンチコートのポケットに素早く忍ばせた。中にはあるホテルの名と、部屋の番号が書いてある。 「き、君……」 「お待ちしています」  戸惑う男に素早く告げ、側近たちが何か行動を起こす前にその場を去った。  冷たい空気を切るように早足で歩きながら、胸の上をぎゅっと片手で押さえる。苦しい。痛い。こんな想いをするくらいならやめてしまおうか。今すぐ路面電車に飛び込んであの家へ帰り、彼に乱してもらおうか。  ……いや。ここまで来たら後には退けないのだ。俯き歩く暁の頭上に、振り出した雪が優しくふわりと振りかかった。  躊躇うようなノックのあと、ゆっくりとドアが開く。そちらに目をやることはせず、背中で気配を感じていた。  暁は先程街頭で見せた慇懃丁寧な態度をかなぐり捨て、ひとつしかないソファに横たわっていた。勝手に開けた洋酒のせいで少しだけ目の前がぼんやりする。この部屋もその酒も決して安いものではなかったが、遠慮はなかった。どうせ背後の男が払うのだ。 「遅かったじゃないですか」  振り返ることもせずに告げると、すぐ近くでバネが軋む。暁がソファを占領しているので仕方なしにベッドに座ったらしい。そこで初めて暁は真横にいる父を見た。お高そうなコートと背広に身を包み、しかし疲れたようにくたりと腰かけている様は、先程外で見たときより十も二十も老けて見えた。 「待ちくたびれましたよ、お父さん」  はっきりと告げてやれば、男は深くため息をついて、淡い栗色の頭を抱えた。 「やはり君は……ユカリの子か」  母の名を告げられ心臓が跳ねる。酒を入れたせいだと自分に言い聞かせ、平静を装って笑った。 「暁と言います。今年で二十一です」  そこで初めて父の目が暁を見た。翠玉のような透き通った瞳。この瞳に母は魅了されたのだ。 「アキ、ラ……」  その唇が自分の名を呼ぶ。腹の底がじくりと疼く。思わず下腹部が熱くなり、少しだけ焦った。 「二十一……、見えないな。少年のようだ」 「ええ。そのおかげで随分この国では生きやすかった」  重たくなった体をどうにか起き上がらせる。シャツ一枚にスラックスという薄着の暁は、しかも大きく前を寛げていた。間接照明の淡い光に、白い胸元が妖しく浮かび上がる。 「どの国でも少年趣味を持つ紳士の多いこと多いこと」 「なっ……、君は……」 「この容姿に産んでくれた母には感謝しています」  唖然とする父の前で、暁は昂然と立ち尽くした。まるで、これから彼を裁く者のように。侮辱と嘲りを含んだ瞳で見下ろし、憎々しげに顔を歪めた。ソファと体の間に隠していたものを、後ろ手に握り締めながら。 「ユカリは……彼女は日本にいるのか」 「……ええ」 「今、どうしているだろうか」 「健気に貴方を待ちながら土の下で眠っていますよ」  男ははっとして顔を上げる。その顔に、一瞬で様々な感情が走った。後悔。懺悔。哀悼。苦渋。  暁はいっそ声をあげて笑い出したかった。どいつもこいつも、あまりに勝手だ。そのくせ傷ついたような顔をしてみせるのだから、始末に負えない。 「そうか……、そうか。ユカリ、ああ……。すまない、すまない……」  それが母に対する懺悔なのか、今目の前にいる自分への言葉なのか、暁には図りかねた。ひとつ確かなのは、成り行きが暁の思い描いた通りに進んでいるということだけだ。 「母は、いつも貴方だけを見ていた。誰とも交わることをせず、ずっと僕とふたりきりでした。幼い僕すら彼女の目には入っておらず、毎晩貴方を想って泣いていました」 「すまない、本当に……」 「いえ、恨んではいませんよ」  にこりと笑う。まるで全ての罪を許す聖母のような笑みで、左手に隠していたそれを高く振りかぶる。 「心の底から、憎んでいます」  ゴ、と鈍い音がした。左手が痺れる。 「あ……?」  壮年の体が大きく傾いでベッドに横倒れた。洒落た柄の刺繍が入ったシーツにじわりと赤が広がる。  言うことをきかない手をどうにか動かし、獲物を床に投げ捨てる。この部屋にはじめから備わっていた、硝子の灰皿だった。割れなくてよかったと本当に思う。 「うふふ。お父さん。僕をよおく見てください。貴方が作り出した、醜悪なこの男を」  動けないでいる父の前で、見せつけるように己の衣服を剥いでいく。幾多もの男が汚してきたこの体。それらは全て、きっとこの日のための準備だったのだ。 「母は貴方だけを見ていた。僕に愛情の一片も注いでくれなかった」  だから貴方が僕にください。  言って、ベッドの上に足をかける。男は、――父はようやく事態を察したらしく、頭から赤い筋を流しながら驚愕に目を見開いた。 「お母さんにしたように僕に愛情を注いでください。お父さん」  二十一年間蓄積してきた歪みを凝縮したかのような顔で、暁は笑った。 「あ、あっ、お父、さんっ、お父さん……っ」  命の危機に瀕すると、男は勃起するという。子孫を残そうとする生存本能ゆえだ。あの変態助教授に聞いたことは本当だったな、と、己の体内にある熱い欲望を感じて苦笑いした。  父は頭から大量の血を流し、意識こそ失ってはいないが体が思うように動かないらしい。ぐったりとして、暁のなすがままにされていた。己の体の上で激しく乱れる暁を、諦観と侮蔑のこもった眼差しでぼんやりと見上げていた。 「きもち、いい、もっと愛して、っ」  実の父親の雄芯を粘膜に感じながら、暁は口をだらしなく開けて快楽に酔い痴れた。  ずっとこうしたかった。この男から全てを奪ってやりたかった。身勝手に、自分などという存在価値の分からない醜悪な生き物――性と欲に塗れた醜悪な怪物だ――を生み出した、この男から。父はなく、母は己を見ず。何のために自分は産まれてきたのかと心の裡で叫んだ夜は、一度や二度ではない。こんな空虚な思いをするならば(うま)れてこなければよかったと何度思ったことだろう。  憎んでいた。心の底から恨んでいた。そして、無意識のうちに欲していたのだ。自分に微塵の興味も持たぬ母が、涙を浮かべて毎晩名を呼ぶ、この男を。 「は、ぁっ、ん、くっ」  わざとらしく声を大きく上げながら、額に汗を浮かべて悶える。この浅ましい姿をもっと見せつけたくて、己の中の最も感じる場所に宛てるように男のそれを締め付けた。  ふ、と。狂乱ともいえるべき恍惚に酔っていた頭が我に返る。この場所が最も感じるのだと教え込んだのは誰だったか。我を忘れるほどに激しく乱れる悦びに目覚めさせたのは誰だったか。 「う、ぁ、……っ」  一度思い出してしまえば駄目だった。次から次から、彼の記憶が湧いて出てきては暁の心を乱す。美しい笑み。残酷な指先。柔らかい声。鋭利な牙。自分の名を呼ぶ声。貫かれたあの熱。この浅ましい体を抱き締める腕。甘く低い声。 「あ、ぅ、う……っ」  悲願だったはずなのに。この日だけを夢見て遥か西欧にまで渡ってきたというのに。なぜこんなにも胸が苦しい。  本当にこれが僕の望みだったのだろうか、と。ついにその問が首をもたげる。父を辱めて、その精を体に受けたところで、自分には何が残るのだろう。一体何をもって報われるのだろう。その答えは、遠くはなかった。 「ん、あっ、い、いく、お父さんっ、一緒に、いってぇ、っ」  苦いものが広がっていく胸の内とは裏腹に、体は快感の絶頂にあった。意識が朦朧としているらしい父は、しかし、抗えない肉欲に顔を歪ませる。その顔を精いっぱい嘲りを含んだ目で見下ろしながら、暁は内側に熱い精が迸るのを感じた。自らも父の腹の上に、汚れたものを吐き出しながら。 「は、はっ……はぁっ……は、はは……」  細かい飾り細工の施された天井を仰いで、暁は笑った。自嘲だった。  分かってしまった。今この身を満たしている感情の名前が。これは虚無だ。  父が憎い。父に愛されたい。相反する感情を持て余し、日本での暮らしを捨てて遥か西欧にまで渡ってきた。そして悲願は果たされた。そう、果たされてしまった。  もはや暁の内側には何も残ってはいない。そこにはただただ、底なしに快楽を求める醜い器が在るだけだ。 「は、ははは、あはははははっ」  身を捩って笑い転げた。力を失った芯が抜け出て、どろりと精が垂れた。何も結ばなずに死んでいく彼の種。汚らわしくしかない、その中のひとつが自分だ。そう思えば死にたくなった。 「はは、あは……は……セシル……」  会いたい。彼ならば何かを与えてくれる。この空虚な体に、どんなものでもいい、歪んでいても、痛くても、何かを。  セシル。その名を呼べば、胸が締め付けられた。収まったはずの情欲が再び種火を灯した。泣き出したいような気持ちになった。  帰ろう。彼の待つ家へ。  体のあちこちに精の残滓をつけたまま、脱ぎすぎてた衣服を羽織る。荒い息をした父が刺すように鋭い視線でそれを見ていたことには気づいていた。シャツを羽織り、靴を履き、外套を手にして。 「……さよなら、お父さん」  振り返らないまま、吐き捨てる。もう二度と会うこともないだろう。  入り口に向かって歩き出そうとしたとき、突然背が熱くなった。 「……え?」  初めは、父の手がそこに触れたのだと思った。或いは自分を引き留めるために。或いは自分を詰るために。しかし、次いで襲ってきたものは、セシルに首筋を噛み千切られたときのようなあの痛みだった。  一滴。音も立てずに赤が滴る。セシルを生かすその一滴は、黒のカーペットに吸い込まれてすぐに見えなくなった。 「私生児など……生かしてはおけない」  ベッドの上で半身を起こした父の手から、ぽとりと極めて軽い音を立てて何かが落ちた。暁の足元まで転がってきたそれを見れば、大柄な男ならば掌に収まってしまいそうなほど小さなナイフだった。  刺されたのだと理解した瞬間、目の前が真っ赤になる。  憎しみと腹立ちが胸を支配する。何も考えなかった。足元のそれを拾い上げると、目を見開く父の胸に思い切り突き立てた。 「あ、がッ……」  目を剥いて、男の体が仰向けに倒れる。シーツにもうひとつ、赤い染みが広がった。ビクビクと全身を痙攣させ、血の混じった泡を吹いて、そして父は動かなくなった。 「は、はぁ、……っ」  息を荒くして、数秒前まで父だったその骸を見下ろす。憤怒と憎悪で頭の中がどす黒く染まっていく。この男に愛されたいなどと願った自分も刺し殺したくなった。濡れた手のひらが滑ってナイフを取り落とす。刺した反動で暁の手も深く切り裂かれていた。  彼は見くびっていた。小柄で華奢な暁など、この小さな刃物でひとたまりもないだろうと。だが暁の身は今や人のそれではない。この程度の傷、すぐにふさがるのだ。今にも肉が這いよって、血が止まるはず。 「あ、れ……?」  どんどん力の抜けていく体に困惑して、暁は背に手をやる。赤い湿りは次々広がっていく。たった一枚羽織っただけの暁のシャツをじわりじわりと染め上げていく。 「血が止まらない……なん、で……」  傷口は激しく痛んでは暁の命を削り取る。ついにはシャツでは抑えきれなくなった血液がぽたぽたと垂れ始めた。 「どうして、セ、セシル、たすけて」  這うように部屋を出る。幸いなことに廊下は静まり返っていた。 「たすけて、セシル、たすけて……」  飛び出した外界は真っ白に染まっていた。幕を引いたように黒一面の空から降り注ぐ、純白。穢れを知らないその白を身に纏いながら、暁は夜の街を歩いた。一歩足を進めるたびに、命の欠片がその身から滴り落ちた。  暁の生まれ育った街は瀬戸内海に面し、比較的温暖な地域のため雪は降っても積もることはなかった。緯度の高いこの国では、南部に位置するこの街でも冬は白一面に染まる。全ての汚いものが覆いつくされ、全ての音が吸い込まれる。残酷なまでに、美しく、静謐な世界。その処女のように清らかな白い絨毯に、ぽたりぽたりと赤い染みを作りながら、暁は薄明の街を歩いた。  セシルに首を噛み千切られたときも、クラウスに切り付けられたときも、ものの数秒で傷は塞がっていた。血も止まっていた。なのに、父に貫かれたこの傷だけはいつまで経っても塞がろうとしない。いや、わずかに小さくなっている気はするのだ。しかし血が止まらない。一歩前に進むたびに零れ落ちては、暁の体から命を削っていく。 「たすけて……」  もう一時間は歩いている。セシルの待つ家まではまだ半分ほどの道程しか進めていない。そもそもが徒歩で移動できる距離ではないうえに、もはやその歩みは老犬のように頼りない。視界が白みゆくのが、夜中から降り始めてやまない雪のためなのか、己の意識が混濁してきているゆえか、それすら図りかねた。 「セシル、セシル……」  名前を呼ぶ。姿を、声を、その温度を思い出す。会いたい。傍にいたい。全てを奪われたい。何かを与えられたい。あの腕に包まれたい。あの唇に触れられたい。あの声で名前を囁かれたい。  体も心もこんなにも彼を求めてやまない。一体なにがそこまで自分を惹きつけるのだろうと考えるときに思い浮かぶのは、血を捧げ貫かれる享楽にまみれた夜のことではなく、温かい腕に包まれ安心して目を閉じる明け方である。あの、泣き出してしまいそうなほどに優しい時間にこそ、暁は激しく心を乱される。慈しみなど与えられたことはなかった。そんな曖昧で、いつ消え失せるとも分からないものは、自分の人生には不要なものなのだと思っていた。  なのに今、そのぬくもりがこんなにも恋しい。 「セシル、たすけて、セシル……」  迷子の子どもが母親を探すように、その名を呼び続ける。彼のもとにたどり着くまでは死ねない。もはや感覚のなくなってきた脚を前に前にと動かすが、ついに積もり始めた雪に足をとられ、体が大きく前に傾ぐ。ああ、一度倒れたら絶対に起き上がることはできない――何とかこらえようとするが、膝にも腕にも全く力が入らなかった。  セシル、セシル、セシル。会いたい。彼のことしか考えられない。このままここで(たお)れ、もう二度と会うことはかなわないのかもしれない。 「ぅ……」  嗚咽が漏れる。視界が歪む。口惜しさに唇を噛み締めたとき、ぼやける視界に黒いものが飛び込んできた。男の靴の、つま先だった。  小さくか弱い体は、冷たい石畳に叩きつけられることなく温かい腕に包み込まれていた。この温度を、匂いを、暁は知っていた。 「私のいないところで死なせなどしないよ」 「セシ、ル……」  その体にしがみつく。大きく息を吸えば、雪の匂いとセシルの匂いで満たされた。ほんのり血にも似た、けれど甘く、心を落ち着けさせる匂い。  どうしてここに、とか。他の男のもとを渡り歩いて二晩帰らなかったこの身を許してくれるのかとか、色々なことを考えた。だが体を抱え上げられ、額に口づけられれば何もかも溶けて消えた。

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