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第5話(カイ視点)
目覚めると、そこは眩い光で満ち溢れた真っ白な空間だった。
病院のように清潔に管理されているけれど、もっと温かみがある。
ホテルや誰かの私室にしては、無駄なものが全くなくて生活感がない。
ぼんやりとベッドに横たわりながら様子を窺っていると、誰かが部屋に入ってきた。
「誰?」
「カイ、起きていたの? 体はどう?」
慣れた様子でベッドに近づいて、俺の顔を覗き込んだのは、ムカイだった。
「どうしてムカイが? ここはどこ?」
「覚えてない? そうか、ヒート中の記憶はあやふやになるって聞いたことがある」
「ヒート? 俺が?」
「うん。授業中に、突然、発情期が来たんだよ?」
そうだ。あれは、数学の時間。
教科書を開いた途端、急に気分が悪くなったんだ。
体が熱くて、息苦しくて……怖くて、助けてほしくてキヨの名前を必死で叫んだ。
靄がかかったように、そこから先の記憶がない。
「キヨは? ここは? どうしてムカイとここにいるの?」
「全然、覚えてない? 俺と寝たことも?」
「え??」
「カイが俺の『運命の番』で嬉しい。カイの姿を最初にみたときからドキドキして、愛しい気持ちを抑えることができなかった。それは、俺の番だったからなんだね」
ムカイは、俺の体をギュッと抱きしめると、顔を寄せてきた。
俺は慌てて手をつっぱって、その口づけを阻止した。
俺に触れてもいいのは、キヨだけだ。
「俺の質問に答えて? キヨはどこにいるの?」
そう、ここにキヨがいないのがおかしい。
俺のそばには、いつだってキヨがいてくれた。
こんな時に隣にいるのは、ムカイじゃなくてキヨのはず。
「キヨは、警察にいるよ」
「……どうして」
「公務執行妨害で……カイが保護されるのを邪魔したから。でも、そろそろ釈放されるはず。前科もつかないように手配してあげたし、何も心配しなくていい」
「キヨが逮捕……」
「ここはΩ保護施設。Ωはαとつがうまで、ここで過ごすんだ。カイは今すぐに、ここから出ることが出来るよ? だって、俺がいるんだから」
「ムカイが、俺の『運命の番』なの?」
「うん。さっき、プログラムが正式に認めたよ。一緒に暮らそう。もう、新居の用意はできているんだ」
俺は、首筋をそっと撫でた。
意識がない間に、噛み痕が出来ていないかを確認するため。
番となるには、αがΩの首筋に噛みつく必要がある。
一度、番になると解消はできない。
「まだ、噛みついていないよ。ちゃんとしたかったから。ヒートの1週間、ずっと睦み合っていたから、今更って感じもするけどね」
「番は、Ωにも拒否権があるって聞いたけど……Ωが受け入れないと成立しないって」
「そうだよ。もちろん、カイは受け入れてくれるよね? カイは俺の事を好きでしょ?」
部屋の扉が視界に入る。
ムカイが入ってきたときに開けられたまま。
俺は、この部屋から逃げ出すため、ベッドから飛び降りた。
ここにはいられない。
一刻も早く、キヨとの所に行かなきゃ。
「うわっ」
気合も空しく、へなへなと床に座り込んだ。
腰に力が入らず、歩くことはおろか、立つこともできない。
ムカイは、俺の体を抱きかかえてベッドに戻すと、悲しそうに顔を歪ませた。
「1週間、俺のモノを入れっぱなしだったんだから、まともに歩けるはずないよ? あんなに俺のことを求めて、乱れたのに……覚えてないの? 俺、ヒート中の性行為って初めてだったけど、世界が変わったよ。 カイもそうでしょ? 気持ちがいいって、涙を流して喜んでいたじゃない?」
そんなこと、俺は覚えていない。
キヨとのセックスしか知らない。
俺の相手は、キヨだけ。
他の人とは交わりたくない。
「カイ? プログラムの認めた『運命の番』とつがうことは法律で決められている。俺を受け入れて? そうじゃないと、一生、ここから出ることは出来ないよ? 誰とも顔を合わさない、ヒート中も誰も体を慰めてくれない。そんな牢獄の生活、耐えられる?」
ムカイの所に行ったとしても、キヨとは一生抱き合えない。
「明日、答えを聞くよ。よく考えて?」
キヨ?
俺はどうしたらいいの?
俺の心の声はキヨに聞こえるはずもなく、時間だけが過ぎ去っていった。
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