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Blast 後編①

『苔庭のイタチ亭』は騒然となった。 それはそうだろう。さっき入ってきた客がいきなり剣を抜いてぶん回し始めるんだからな。 「テオ、悪い、手を出すな!」 椅子やらテーブルの上の食器やらを撒き散らし、剣先を紙一重で避けながら叫んだ。後ろからも凶暴な気配を感じる。俺の見立てではテオも相当な実力者だ。  だがコイツは俺の相棒だ。動きはよく分かっている。 「ヴィーノは俺が止める・・・!」 身体を少し左に傾ければ、吸い込まれるように剣先が降ってきた。 やっぱりな。剣撃の速度は上がったが、太刀筋は変わっていない。すぐ読める。 次は正面から来る! 派手に甲高い金属音が響いた。 俺は籠手で剣を受け止めた。同時に反対の手でヴィーノの剣を持つ手を掴む。金剛亀の甲羅で作られた籠手は鉄よりも硬い。籠手と剣の押し合う力が拮抗し、カチカチとお互いを打ち鳴らす。 「よお、腕を上げたじゃねえか相棒」 ニヤリと笑ってやると、ヴィーノの目が見開かれた。それから手を額に当てて、ふらつきながら後ずさる。青い目は水面のように揺らぎ、なにやらブツブツ呟いている。 "状態異常"か?ダンジョンには精神や神経にダメージを与えるモンスターもいる。 ヴィーノはやがて膝から崩れ落ちた。 倒れたヴィーノを起こすと目の焦点は合っておらず、顔は真っ白なのに身体は燃えるように熱かった。 無理もない。ヴィーノが旅立ったのは夏で、通気性があって薄い生地の服を着ていた。本格的な防寒具なんて持っていっていない。どれくらいこんな格好でうろついていたんだろう。   満身創痍であの動きか。本当に腕を上げたな。 「すぐギルドへ」 テオが俺の肩に手を置く。 「すまない・・・」 店の中は割れた食器やらぶち撒けられた酒やらが散乱している。店員達が片付けに追われていた。 いつもは厨房に引っ込んでいる兎の獣人のウィルまでいる。 「いえいえ、生きていてもらわないと、取れるものも取れませんからねえ」 テオは人の良さそうな笑みを浮かべる。だが背後に黒いオーラが渦巻いているようで思わずたじろいた。これは後で相当ぼられそうだ。まあいい。迷惑料だと思っておこう。 俺はヴィーノを背負ってギルドに併設された医療施設へ向かった。怪我だけなら町医者で事足りるが、毒や神経へのダメージで異常状態に陥ったやつらは設備の整った医療施設に入る必要がある。 すぐベッドが開けられたのは、それだけヤバい状態だったのだろう。 ヴィーノは点滴を繋がれたまま眠り続けた。1週間程経った今でも目を覚さない。俺は店に通う代わりにヴィーノの面会に行った。寝ている顔を見ていると、ヴィーノの整った顔立ちがよく分かった。黙ってさえいれば貴族らしいお上品な面をしてやがる。俺の知っているヴィーノじゃないみたいだ。 医者の話では軽傷だが傷の数が多く、とにかく衰弱と脱水症状が酷くて今は休養が必要らしい。 俺はヴィーノの行ったダンジョンを調べ直した。 ダメージを負った原因が分かれば治療の手掛かりになる。 前に行った時はヴィーノを探す事に気を取られていたが、ギルドの記録に無かった植物が出口付近に群生しているのに気づいた。 つやのある、イソギンチャクの触手に似た多肉植物だ。 これはヤバい。 神経毒のあるやつだ。踏んだり触ったりすると毒針を飛ばして幻覚を見せる。 それはそいつの身近な人間が襲ってくるものだったり、大切な人間が襲われているものだったりする。そして暴れ回った獲物が疲弊して弱ったところを触手で捕食されるのだ。助かっても記憶の混濁という後遺症のおまけ付きだ。 こんな初心者が引っかかるような罠にかかりやがって。だが出口付近は気が緩みやすい。 ヴィーノはこの仕事に慣れてきた頃で、余計に慢心が出やすい時期だ。 要するに油断しまくってヘマをしたのだ。あの馬鹿は。 居酒屋で俺に切り掛かってきたのは幻覚のフラッシュバックだろう。それにしても本気で俺を殺るつもりだったなあれは。 そんなに俺に腹を立てていたのか? だったら喧嘩の続きでもなんでもいい。 早く目を覚ましやがれ。

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