「そうそう、よりにもよってモンスターがうじゃうじゃいるルートを通っちまってさ、雑魚ばっかだったけどキリがねえでやんの」 ヴィーノは三本角鹿のローストにかぶりつきながら言った。デカい塊に切っては口いっぱいに頬張る。だけどナイフとフォークでスマートに切り分ける手つきに育ちの良さが表れていた。 あれから渋るヴィーノを連れて病院に戻ったが、意識はもうはっきりしているし、抜け出すほど回復しているならと追い返された。 腹が減ったから何か奢れと言われたので『苔庭のイタチ亭』に連れて行き今に至る。 ヴィーノは一度テオに呼ばれて店の奥に引っ込んで行った。すると「は！？なんだよこの額？！」と叫び声が聞こえてきて、それからは静かなもんだったが、しばらくして蒼白な顔で戻ってきた。 「アイツだけは怒らせちゃならねえ・・・」 って零してたな。 「なあ、アルゴ。お前マジで冒険者やめるつもりなのか？」 口に運びかけたグラスをテーブルに置き、俺は深く息を吐いた。 ヴィーノは雷鱗魚の串焼きを食べながら俺の答えを待っていた。雷鱗魚の身は柔らかいが鱗は硬く、噛むと雷のような音がする。しばらく会話の代わりに、串焼きをバリバリと噛み砕く音だけがしていた。 「前にも言ったがな、実力的にも体力的にもここらが引き際なんだ。俺の方が先にガタがくる。 お前の足を引っ張るわけにはいかねえだろ」 ヴィーノは食べ終わった串を粗雑に皿の上に放つ。 「それで？」 機嫌が悪そうにテーブルの上に頬杖をつく。 「それで、ってお前・・・俺の親父もな、拳闘士だったんだ。身体にもろに衰えが出る。 親父はそれを認められなくて、・・・無様なもんだったよ」 「それで？」 「あのなあ、ヴィーノ」 「オレは納得していない。じゃあなんでお前は父親と同じ拳闘士になったんだ」 「それは・・・」 親父は強かった。畑を荒らす、人の何倍もの大きさがある猪型のモンスターを1発で殴り倒し、すばしっこい猫型の肉食獣が相手でも攻撃をすべて躱して無傷で仕留めていた。 「俺は、親父に憧れていたんだ・・・」 羨望の眼差しで見つめていた。 初めて俺と会った時のヴィーノと同じように。 その目の輝きが翳り始めたのは、いつからだっただろう。 勢いをなくした拳が獲物に当たらなくなってきた頃だっただろうか。傷を負うことが増えて、それで余計に身体が弱って、より深刻な怪我を負うのを繰り返していた頃だっただろうか。 バケモノみてえに強かった親父も、1人の人間なんだと思い知った。 それでも冒険者の職にしがみついて、難易度の高いクエストばかり挑戦して失敗を続けていた。ギルドの連中は困り顔だったな。 当時は惨めなもんだと思っていたが、今となっては少し親父の気持ちが分かる。 俺に、みっともねえ姿を見せたくなかったんだな。 ああ、そうか。 「俺は、ヴィーノに失望されたくなかったんだ」 ヴィーノは目を丸くする。 「俺を強えヤツだって思ったままでいて欲しかったんだ」 ただヴィーノの前でカッコつけたかっただけなんだ。なんだこれ。逆にすげえカッコ悪りぃじゃねえか。 「お前にみっともねえとこ見られたくなかったんだよ」 ブラストを煽った。身体の中は冷えていくのに顔がかあっと熱くなる。 「・・・じゃあ、オレに愛想尽かしたわけじゃなかったんだな」 ヴィーノはぼそりと呟いた。 「みっともねえのはオレも同じだ。今回の件でどれだけ醜態を晒したと思ってんだ」 バツが悪そうに頭を掻く。 「それに、オレが好き勝手やってこれたのはアンタがいたからだ。 独りで旅して身に染みたよ」 驚いた。我が儘放題だったコイツが人に感謝をするとは。 「なあ、アルゴ。オレはもっと強くなる。 アンタが足手纏いになったら遠慮なく引導を渡してやるよ。 だから、また俺と組もうぜ」 ヴィーノは俺を真っ直ぐ見て言った。 その凛々しい表情は、騎士のような風格を漂わせていた。 「お前・・・どうしちまったんだよ。まだ状態異常のままなのか？」 「ハア？正気に決まってんだろ。 いいから組むのか組まねえのかハッキリしろよ」 「なんでお前が・・・まあいい。 お前こそ足を引っ張るなよ、ヴィーノ」 拳を差し出す。ヴィーノはニッと笑う。 「よろしくな相棒」 俺達はお互いの拳を突き合わせた。