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第34話
あれ以来色々なことを考え込んでしまい、何となく沈んでいた万里だが、翌日賄いを食べているところにやってきた伊達は、それに輪をかけて更に暗い表情をしていた。
「ど、どうかしたんですかチーフ。体の具合でも…?」
思わず己の悩みも忘れて心配してしまう。
「………………健康だよ」
力なく笑い、隣に腰を下ろした伊達は、わかりやすくどんよりとしている。
鹿島は何も聞かずに、どうやら伊達の好きな紅茶の用意をしているようだが、万里にはそんなさりげない気遣いはできない。
「あの……言えることなら、俺でよければ、聞きますよ」
伊達にはお世話になっているし、それでなくても、いつもキラキラしている人がこんなに翳ってしまっているのは見ていて辛い。
早めにここに来たのは、一人で落ち込んでいるよりも誰かと一緒にいたいという気持ちだったのではないか……自分がそう思うから重ねてしまっているだけかもしれないが、そう考えた万里はアプローチを続けた。
想いが通じたのか、伊達は顔を上げて、「ごめんね、気を遣わせてしまって」と儚げに苦笑する。
「その、今日は朝からやらかしてしまって……」
いつものあれらしい。
朝からでは、確かに気も滅入るかもしれない。
「それは……朝から大変でしたね……」
「大変だったのが、僕だけだったら別にいいんだけど……」
伊達は暗い顔のまま、ぽつりぽつりと語り始めた。
今朝。
出掛ける同居人を見送るため、伊達は少し慌ててベッドから降りようとした。
その時、掛け布団に足を取られて、布団ごと周囲のものを巻き込みながら転倒。
様々なものが散乱し、ベッドサイドにあったマグカップが割れた。
……という事件があったらしい。
「仕事に行くところだったのに、彼に全部片付けをさせて……」
それくらいなら伊達にはよくあることではないかと思ったが、割れたマグカップというのが、同居人がその家族からプレゼントされた大切なものだったらしく、それをとても気に病んでいるようだ。
そして破片で怪我をすると危ないからと、片付けを手伝うことすらさせてもらえなかったことも。
……たぶん、万里がその同居人でも、伊達を片付けに参加させないだろう。被害が増えるばかりだ。
…とはいえ、伊達の気持ちを切り替える何かが必要なのはわかった。
「マグカップ、新しいのをプレゼントしたらどうですか?割っちゃったし、手間もかけたし、日頃の感謝も込めて……みたいな感じで」
提案すると、伊達は不安そうに眉を寄せた。
「え……でも何か、束縛とか、恋人気取りとか思われないかな……」
一体どういう間柄の同居人なのか。
確か『彼』と言っていた気がするが、なんとなく突っ込めなかった。
「ま、マグカップ程度でそんな風には思わないと思いますけど……。俺も友達のとか割っちゃったら適当に何か買ってくかもしれないし」
「……そう?」
「あー、まあ、俺ならそうするかなってだけのあれですけど」
「マグカップは……どこで買えるのかな。百貨店?」
「百貨…デパートですか?いや、そんな本格的なところに行かなくても、キッチン雑貨の売ってるその辺の店でも」
マグカップなど、何なら百均でいいと思ってしまう万里である。
「その辺……………………?」
伊達は真剣な表情で考え込んでしまった。
変なことを言ってしまっただろうかと万里も己の言動を顧みる。
よく考えてみれば、伊達は万里とは金銭感覚が違う可能性が高い。
軽率に自分の物差しで言ってしまったかもしれない。百均など想像もしないだろう。
「すみません変なこと言って……。チーフが相手のことを考えて選んだものなら、どこで買っても相手の人は嬉しいんじゃないでしょうか」
万里ならば、思い出の品の代わりになるものは、やはり想いのこもったものと思うが、相手によっては値段が大切な場合もあるだろう。
色々な人がいるからな、と己の想像力の足りなさを戒めていると、考え込んでいた伊達が、ぱっと顔を上げた。
「あの、今まで買い物をしたことがほとんどないから、どこに行けばいいのかわからなくて……その『キッチン雑貨の売ってるその辺の店』ってどこのことなのか教えてもらえないかな」
「え…………」
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