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第61話

 大学から久世のマンションへと通う道のりも、少し慣れた。  父は終電くらいには帰ってくるようになったものの、不在なことも多い。  夜に一人になる万里を気遣ったのか、時間があれば毎日会いたいと思ってもらえているのか(……できれば後者であって欲しい)、大学が終わった後、特に用事がなければうちで待ってろと合鍵をもらった。  自分がいないと寂しいと言うのならば仕方ない、夕食でも作って待っていてやろう……と思っていたのに、久世の帰宅と万里の来訪は同じくらいの時間になることがほとんどだ。  今日も道すがら連絡を入れると、ちょうど帰るところだと返事が来て、万里が着く頃には家と職場の近い久世は一足先に帰宅して夕食の準備に取り掛かっていた。  おかえり、と言われるのはなんだか恥ずかしい。  相手がキッチンに立っていても絵になりすぎる男前なら尚更だ。  つい口ごもると、笑われた。  今のうちに余裕ぶってろと万里は赤い顔で内心舌を出す。  そのうち料理の腕を磨き、腹ペコで帰宅した久世の前に好物ばかりの皿を並べて『おかえり』と勝ち誇ってやる!  ……今日のところは、腹が減っているので負けてやることとした。  昨日「ハンバーグが食べたい」と強請ったので、いい音をたてるフライパンには挽肉が鎮座ましましている。  調理をする久世の傍らで使い終わった調理器具などを洗って片付けながら、先程大学に伊達と桜峰が結婚祝い(…)に来たことを話すと、久世は「あいつらが?」と可笑しげに口角を上げた。 「図書館は無事だったか?」 「あ。そういえば。……本が無事でよかった……」  言われてみれば、危ないところだったかもしれない。  伊達がなにかに躓かなくて、本当によかった。  皿に焼き上がったハンバーグを乗せると、そのフライパンでソースを作り始める。  器用なその手に見とれかけて、はっと聞くべきことを思い出した。 「ていうか、風の噂って何だよ!……け、……結婚とか…。あんた誰かに余計なこと話した?」  シャツの裾を引っ張りながら聞くと、久世はすっと目を逸らす。 「あー………まあ、一応心当たりは」 「誰に何言ったんだよ!死ぬほど恥ずかしかったんですけど!?」 「安心しろ、お前の性感帯とかは話してない」 「安心できるかー!」  その発想に不安しかないと真っ赤な顔で怒鳴る。  怒っているうちに、付け合わせの野菜が盛られ、ソースがかかりハンバーグは完成した。  自分の分を持たされ、ダイニングテーブルの方へと促される。 「お前が大竹に攫われたときに話しただろ。支給のスマホは位置情報を確認されてるって。その辺りの情報を扱ってる奴だ。月華の周辺のことはすべて把握してるから、別に俺が話すまでもなく知ってたと思うぞ」  あの時、久世が情報を得るのが早くて助かったのは確かなので、恩人ということになるのかもしれないが、不穏すぎて素直に感謝できない。 「一度見たら忘れないような奴だが…お前は会ったことなかったか。眠兎と仲よくしてるのを見たことがあるから、それ経由で伝わったんじゃないか」 「桜峰さんと…」  微妙に間違った感じのことを教えられていたようだが、その交遊関係は大丈夫なのだろうか。  桜峰は今日もコーヒーショップの店員にたかられていたし……。  とはいえ、言い寄る男たちの気持ちが全くわからないわけではない。  桜峰はきれいだ。  優しそうで、彼ならば自分を否定しないだろうと思わせるような雰囲気がある。  久世が指名していたのも頷けるが……何故万里へとグレードダウンしてしまったのだろう。 「あのさ、桜峰さんのことは好きにならなかったの?」  思わず直截に聞くと、スープを運んできた久世は目を丸くした。 「なんだ突然」 「ずっと指名してたって聞いたから、気に入ってたんだろうなって思って。…た、ただの素朴な疑問だけど」 「意外に嫉妬深いな、バンビちゃんは」 「素朴な疑問!興味本意!下世話な好奇心!」  断じてジェラシーなどではないとたたみかけると、久世は声を上げて笑った。  別に、久世に笑いを提供しようと思ったわけではないのに。

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