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第62話
話をしている間にダイニングテーブルには料理が並び、向かい合って座ると二人揃って「いただきます」をする。
すっかり空腹な万里は、早速ハンバーグにナイフを入れた。
溢れる肉汁、ソースの味も甘すぎず辛すぎずほどよい。
配慮もしてくれているのだろうが、久世とは味覚が近い部分があると思う。
それは一緒にいる上で、とてもありがたいことだ。
「美味い!」
「それは何よりだ」
ぱあっと笑顔を輝かせた万里を見る久世の目は優しい。
ワイングラス片手にソムリエぶった講釈を垂れているほうが似合いそうな男が飲んでいるのは缶ビールだ。
仕事の後はやはりビールなのだという。
頬を弛ませながら挽肉を堪能していると、久世は先程の話の続きをしてくれた。
「『SILENT BLUE』がオープンしてしばらくしてから、月華がたまには金を落としていけというから客として行ったんだ。それまでも出入り自体はしていたから、スタッフの顔は知ってた。眠兎を指名したのは消去法だ。あいつは他人に興味がないから、適当に話しながら酒飲む相手にいいと思って」
久世の語る桜峰が、万里の知る人と同じに思えなくて首を傾げる。
「興味……ない?」
「知識として他人のデータを蓄積することはあっても、それに対して何も思わないんだよ。だから誰にでも優しい。そういう奴にはこっちも気を遣わなくて済む。……最近は本人曰くの『係の人』と再会できて少し変わったように見えるが」
誰かの優しさを、そんな風にとらえたことはなかった。
目をパチパチさせていると、久世は肩を竦めて「別にあいつに悪意はないし、俺もそれを悪いと思う訳じゃないぞ」と付け足す。
「あんたって……意外に冷静に人を見てるな」
てっきり、おっとりとして警戒心のないきれいな桜峰に鼻の下を伸ばしていたのかと思っていた。
「意外ってことはないだろ。相手の考えが読めなかったら今の仕事は続けられない」
「じゃあ…俺は逆に単純だから一緒にいて楽だと」
「よくわかって……いてっ、こら、蹴るな。自分で言ったんだろ」
「そこは『そんなことない』って言って欲しい相手の気持ちを読めよ」
「読めても汲むかは胸三寸…」
「性格が悪い!」
「いい性格ってよく言われるのにおかしいな」
それは誉め言葉ではない。
腹が立つので久世の性格がいいか悪いかはもう無視して、伊達と桜峰が訪れたもう一つの理由を話した。
復帰しないかと誘われた、と話しても驚いた様子がないのは、予想できたからか、神導あたりから聞いていたのか。
「…で、バンビちゃんは復帰したいわけだ」
意思を確認してくる久世の瞳には、桜峰が懸念していたような批難がましさはない。
むしろ、万里がどちらを選ぶのか、誰かと賭けでもしているような楽しげな光が見える。
「俺は、出来れば週に何日かでも行きたいと思ってるんだけど、あんたはどう思う?」
「お前が他の男に愛想を振りまくのかと思うと妬けるが、あそこで働くのはお前にとってプラスになることの方が多いだろう。反対する理由はないな」
久世は一度言葉を切ると、面白げに万里の表情をのぞきこんできた。
「反対されると思ってたか?」
「……いや、あんまり」
普段見せないような独占欲でもって反対されても、それはそれで嬉しかったと思う。
好きな人さえいてくれればそれでいい、という関係は、愛の形としては一つの理想だ。
けれど久世は、それでは満足できない。
反対されないことは、育つものを見るのが好きだと言った久世の期待の表れのようで、もっと嬉しかった。
「お前がいれば、頻繁に一輝の飯を食いに行っても不自然じゃないしな」
……前言撤回。
口実かよ、と万里は机の下で、久世の足を蹴った。
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