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その後のいじわる社長と愛されバンビ2
「ちょっ……、そんな引っ張んなくても逃げないし、手ェ離せって……!」
万里の手をぐいぐいと引っ張りながら先を行く久世に不服を申し立てると、ようやくその足が止まり、解放された。
「悪い。強く掴み過ぎたか」
「じゃなくて、恥ずかしいだろ……!」
それなりに賑やかで明るい繁華街だ。子供のように手を引かれているのは恥ずかしい。
かと言って、恋人風に手を繋ぐなんてハードルが高過ぎてできそうもない。
万里の胸中は複雑である。
気付けば、既に近くの時間貸駐車場だった。
促されて久世の車に乗り込み、シートベルトをしながら文句を垂れる。
「迎えにくるとか聞いてなかったんですけど!」
「来ちゃった☆」
「☆って言われましても!?あんた絶対父さんの悪影響受けてるだろ!」
「ああ……なんかうつるよなあの人の口調は」
エンジンをかけながら笑う横顔は、ふざけたことを言っていても無駄に甘く整っていて、いつもながら釈然としない。
飲み会の開始時間と、時間制限のある飲み屋だろうから遅くはならないということは事前に伝えてあった。店がどこかは事前には知らされていなかったため伝えていないが、どうせ『SILENT BLUE』で支給されているスマホのGPSで位置情報をチェックしたのだろう。
トラブルメーカーの父は、どうやら久世のことをとても気に入っているようで(恩もあるだろうし普通のことではあるものの)、会社のことでアドバイスをもらいたいから、なんて口実で時折食事や飲みに誘っているようだ。
父に久世を取られる……なんて心配は流石にしていないが、口調がうつるほどに一緒にいることがあるのかと思うと胸が騒いだ。
「(一度会ったら忘れないキャラなのは確かだけどさ……)」
ちなみに父は、痛い目を見てからまだ半年も経っていないというのに、件の一億を貸してくれたという神導の上司と飲むこともあるらしい。
お近づきになってはまずいご職業の方だと思うのだが、今回の件ではその男の部下である神導にも世話になっているので、『会わない方がいい』とは言えずにいた。
「まあそうカリカリするな。バンビちゃんが悪い男に引っかかっていないかと心配だったんだ」
唇を尖らせているのを、強引に連れ出されたせいで不機嫌なのだと思ったのだろうか。
宥めるような口調に、ため息を返す。
「悪い男なら今まさに目の前にいるけど」
「『いい男』って言われることの方が多いけどなあ」
「だまらっしゃい!」
そんなことは、今こうしてその横顔を盗み見ている万里もよく知っている。
「……二次会、行きたかったのか?」
ちら、と窺うような視線。
「……まあ、断って帰るつもりだったから、あんたが来てくれて、自分で言わないで済んだのは助かったけど……」
一応万里の復学祝いも含まれていたので、さっさと帰ってしまうことに後ろめたい気持ちはあった。
それでも、久世といる時間の方が大切だ。
怒っているのは、不用意に顔を見せたことで、次に彼らと顔を合わせた時に万里が面倒なことになりそうだというところに対してである。
何と説明すればいいのか。
恋人だとカミングアウトする勇気はまだない。
どう思われるか心配、というのもあるが、久世を自分の恋人と言い切れるほどの自信が、万里にはないのだった。
「そういえば、なんかテレビに出て美人アナウンサーに鼻の下伸ばしてたなんて情報を入手したんですけど」
あまりそこのところを深堀りされたくなくて、話題を変える。
久世は何だ、と少し安心したように笑った。
「それで不機嫌なのか?誰からどんなことを聞かされたのか知らないが、……美人アナウンサーとの絡みなんかあったかな」
「言ってくれれば自分で確かめられたのに」
「特に面白いことはなかったぞ。番組はチェックしてないが、俺の顔は三分も映ってないだろ」
「顔出しして大丈夫なわけ?オーナーとの繋がりとか、表沙汰になったらまずいんじゃ……」
「俺が叩かれると国の中枢にいるやんごとない方たちにとってもまずいことが多いから、何かあれば後ろ暗いところのある誰かが、全力で握りつぶしてくれるだろう。編集部や新聞社が一つくらい潰れることになるかもしれないが」
「……………………………」
背後の暗黒が深い。
万里は何故か背中に嫌な汗をかくのを感じつつ、『大人って……汚い……』と瞑目した。
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