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第三話

 高一、あの時は校舎が無駄に広く見え、まるで世界でひとりぼっちのように思えた。「碓氷くんってイケメンだよね」「碓氷君は頭がいい」「優しくて良い子」そんな俺。その全てが鬱陶しくて、煩わしくて溜まらなかった。  家に帰れば、「成績が下がった」「この大学を受けろ」「就職先は…」という話ばかり。束縛気味の面倒くさい親も、高校に上がったら部活に入っていいと言っていたのに。  塾に差し支えのない、スポーツを楽しもうというスタンスの部活に入った。「同好会」というらしいが、俺は気にしなかった。部活じゃなくても、やっと手に入れた自由だと思ったから。同好会というくらいだから、人も多い訳ではなく毎日いる先輩もいれば、月一でしか顔を出さない先輩もいる。そんな緩い空気が俺には心地よかった。    その心地良さも長くは続かず、一年生の夏休みを目前にして辞めることになった。理由は学期末テストの学年順位が一位じゃなかったから。親はヒステリーを起こし、「同好会なんてやめろ!」と喚き散したのである。  廊下に大きく掲示された学年順位を眺める。俺の前に並んだ、『八束 春一(ヤツカ ハルイチ)』という男。とても真面目で、がり勉なのだろうな、と思った。 * 「碓氷、辞めんの?」 「せんぱい」  声を掛けてくれたのは、スポーツ同好会の先輩で面倒見の良い三年の先輩だ。さっき顧問に退会届を持ってったばかりだというのに、情報が早い。俺は隠すことなく、素直に頷いた。 「お前楽しそうだったじゃん、なのに辞めんのかよ」 「…学年順位、悪くて」 自然と目線が下に行く。情けなくてしょうがない。本当はやっと掴んだチャンスだったのに、それを台無しにしたのは自分だ。やれることは精一杯やったはずだった。けど、 「お前、学年二位だったのに?」 「…うちは、親が厳しいので」  もう少しで、夏だ。じわじわと照らす太陽が熱い。先輩が俺を見つめている。 「お前は?お前はもう、やりたくねぇの?」 はい、もうやりたくないです。そう答えるのが正解だというのに、俺の口からは、何も出てこなかった。  大きな掌で俺の頭を包んだ、先輩は俺の顔を覗き込む。その優し気な瞳に、俺は太陽を見た。全部焼き尽くすような、熱。 「美零(ミレイ)、俺と一緒にいたくねぇの?」    突然呼ばれた下の名前。  俺は、いつだってからっぽで、いつだって与えられて満たされていた。 * 「あ”ッ…は、せんぱ…も、…」 「みれいっ…も、射精(だ)すぞっ…」 激しい突き上げに、骨盤が悲鳴を上げている。痛みと共に与えられる快楽に、溺れてどこまでも落ちていきそうだ。 「ぐ、ぁ”……ッ…」  綺麗な細い首をが、両手で締め付けられる。絶頂と窒息の狭間でめちゃくちゃに揉まれた意識が、限界を訴える。ぐりん、と白目を向いてゴムで縛り付けられた碓氷の屹立は、射精することなく、絶頂から降りてくることなく震えている。  胎内を犯す精液を、遠のく意識で感じながら碓氷はずぶずぶと、深みに嵌っていく。  薄い腹に種付けられ、碓氷は満たされた気分になる。その幸福感に浸りながら、やっと解放された気管から空気を吸い込んだ。突然大量に入り込んできた酸素に噎せる。 「ッ、ぐっ…あ”ッ、ああッ…も、むりィ…せんぱ…」 「まだイけるだろ?」  再び始まった激しい律動を甘んじて受け入れることしかできな。腰の下に置かれた枕によって、挿入する側としてかなり動きやすいのか自分本位にガツガツと突かれる。 ばちゅんっがつッ ローションか、碓氷の腸液かはわからないが厭らしい水音が耳を犯す。受け入れるべきではない場所に、太い肉棒が出入りする様子を見てないはずの子宮が疼いた。 「せんぱ、っひ、ぐ、ああッ…もっと奥ぅ…ッ…」  自ら更に開脚し、奥へと挿入しやすいように促した。腰を大きな掌で掴まれて、逃げ場が無くなる。  ごぽっ 人体からはしてはいけない音が響く。 「ッ…は、…っ、あ、」 「自分から結腸ねだるなんてな…淫乱」  耳元で囁かれてその言葉とその吐息に、嬌声を上げる。結腸を貫かれ全身が性感帯になってしまったかのように、すべてが敏感になってしまった。目から入り込んでくる情報を遮断するために、瞼を力強く閉じたのに余計に自分を虐める全てを知覚してしまう。耳も、肌も、掴まれた腰も、虐められる粘膜も全て。 「あ”っ…ひ、や、も、むりィ…あ…」  またしても手を掛けられた首。その首は白く、大層絞められたのだろう。  両手で包み込むように、生きる術を奪われる。  このまま死んでしまえたら、幸せなのだろうか 「がっ…っ…っ…あ、…っ…」 「このままイけよ!メスイキしろ…!」  射精することなく絶頂を迎える。胎内に精液を塗り込む動きに絶頂から降りることができないまま、メスイキを繰り返す。ぐぽ、ぐぽと肉襞が鳴る。完全に亀頭を呑み込んだ子宮口が、気持ちい気持ち良いと叫んでいる。 「ッ…げほっゲホッ…が、はあっ…あッ…」    虚しい、空虚だ。そう思った。  腹はこんなに苦しいほどに満たされているというのに、こんなにも心は空っぽになることがあるのかと、冷静な自分が言う。埋められていたのはなんだったのか、掌から零れだすようにするりするりと、落ちていく。 *  結局、同好会を続けることは出来なかった。それでも、先輩という存在が大きく、自分の空っぽな心を埋めて、やっとの思いで息をすることができる。  幸せだ。やっと、息ができる。 「お前は、俺のメスだろ?なあ…?」 激しい情交を繰り返せば繰り返す程、先輩の目に余裕は無くなっていく。日に日に悪化していく責め方に、どんどん碓氷の身体は傷つけられ、痛めつけられていった。  人の感情に鋭敏な碓氷は、どんどん離れていく恋人に焦りを隠すことが出来なかった。俺はこんなに先輩の側にいるのに、どうして…。    そんなある時、見つけたのだ。『ヤツカ ハルイチ』という男を。  体育館のコートで、大きく跳躍する男を。  どうやら練習試合の真っ最中ようで敵チームがこう叫んでいる。 「ヤツカをマークをしろ!」と。 後から、話を聞けば、一年でレギュラー入りを果たした八束という男がいるらしい。廊下に張り出せれた、名前の羅列を思い出す。  なにも思わなかったはずの、あの文字の羅列も今ではこんなにも憎らしくて…  輝いている。キラキラと輝いて、まるで背中に大きな翼でも生えているかのような跳躍。背中をぐっと反らしてボールを相手コートに叩きつけるその姿が脳裏から離れない。  いつの間にか廊下で彼を見つけるたびに目で追っていた。その回数が増えていく度に、先輩との逢瀬の回数は減っていった。会えば、酷くされた。別にそれが嫌だと思ったことはない。これは断言しよう。 それでも、会う気にならなかったと言えば、そうだ、と答えよう。なあ、好きってなんだ?付き合うってなんだ?俺にはもうわからない、こんなのもうわからなくていいんじゃないか。  俺は理解することを辞めて、目を閉じた。

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