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第五話

ある日は、 『第三少人数教室』 「わかった」 また違う日は、 『旧校舎の多目的室』 「ちょっと待って」  碓氷と俺のトーク画面はこんな感じだ。どこから知ったのかはわからないが、碓氷が俺を押し倒した次の日からこんな具合で連絡がきている。しかし、色気がないというか、こんなに虚しいことがあるだろうか。場所だけ伝えられて、放課後にそこに向かえばやはりセックスが始まる。  俺達は恋人でもない、俺の片思いってだけだけど。やっていることはセックスなわけで。世のセフレとやらももう少しまともな会話をするのではないだろうか。セフレ…セフレか…なんとも響きが悪い。痛む腰を庇って起き上がろうとすると、  碓氷がひょいと持ち上げてくれる。 「あ、ありがとう…」 「俺のせいだから」  身長も大して変わらないし、俺の方が体重も重そうなのにどこからその力が出てくるのか。まあそういうところが好きなんだけど。 「八束君さ…俺のどこが好きなの」 「え…顔…?」  酷い沈黙が流れる。  いやだって、そんなん聞かれるなんて思ってなかったっていうか!その質問自体、俺の気持ちを認めてくれたってことと同意義なのでは…? 「や、や顔だけじゃないけどっ!いや他にもあるけど…まって急に言われると困る…」  俺が本気で困っていると、怪訝そうに碓氷君がさらに質問を重ねる。掴まれた腕が痛い。 「え、お前俺とどうなりたいの」 「どうって…できたらお前の隣にずっといたい…でも、友達だとセックスできないし…セフレってなんか響き悪いし…」 「響きで俺なんかと付き合いたいって思ってんの?」  その台詞には目の前の男の諦念が詰まっているようで、歪んだ口元が虚勢にしか見えない。 「お前も俺と付き合いたいんじゃなくて、自分のモノにしたいだけだろ。どうせ。 …お前の気持ちを受け入れてやるとかそういう次元じゃねえよ、お前は俺のことを好きじゃない。」 何も言い返せない俺から目を逸らす。その手は震えていた。 「…セックスなら好きなだけ付き合っている。だから…」 「俺は!お前が好きだ!」 大きい声を出すと、腰に響いた。痛む腰を庇いながら必死に自分の足で立つ。 「だから、お前は俺のことは好きじゃないって…!」 「好きだよ!」 「好きじゃない!」  お互い息を切らしながら怒鳴りまくる。コイツは鈍感な訳じゃない。くそ、遅漏絶倫むっつり頑固野郎が…!  すぅっと深く息を吸う。 「お前に、ずっと笑っていてほしいと思ったんだ…!それで、お前を笑わせるのは俺が良い…!お前の隣にずっといたい…!笑っていてほしいけど、つらくなったら俺に吐き出してほしい…!お前の隣は絶対俺じゃなきゃ、ダメだって思ったんだ…!」  泣きたいのは、碓氷のはずなのに。俺の方が泣いてしまった。くそ、泣くな。  制服の袖で目元をごしごしとこすっていたら、自分の身体がぬくもりで包まれた。 「…うすい?」 抱きしめられていた。 「…なんだそれ、好きなんてもんじゃねえな」 「うん」 「つうか、傲慢過ぎんだよ。なにが、お前なんかに俺の隣が務まるかっつうの…」 「うん」  俺の肩が少し濡れているのは、気のせいだろうか。 「お前はせいぜい、俺の下で喘いでろよ…」 「…でも、たまには上がいいな…」 そう言うと、耳元でフッと笑った気配がする。 「やってみろよ」 次の日、碓氷からメッセージが来た。 『俺の家、来る?』 その短い文章に、俺は小さくガッツポーズした。 *    最近、なんだかアイツが気になって仕方が無い。気が付くと、柔和な笑みをしている男を目で追っている。まるでアイツの隣に俺が立てば何か素敵な物語が始まる、そう思った。もちろん、これが傲慢だってことはわかってる。一度クラスメイトに「碓氷って、かわいいよな?」と聞いたら、また変なこと言ってる…今回はもうだめかもしれない…と哀れみの目を向けられた。もう二度と聞かない。  それでも、制服ごしに感じる熱が。たまたま隣に座って触れてしまった肘が、熱い。謝るか迷ったけど、そんなことより言わなきゃいけないことがある。相手が何か言おうとしたのを遮って俺は言う。 「あの…!好きです…!」  なあ、碓氷。お前はあの時なんて言おうとしたんだよ。

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