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第5話

 それが今になって、なぜこんなことに?  さくさく砂利道を進む。風は冷たい。吐き出す息も白い。それでも足は止まらず、村の外を目指す。  村の外にさえ出てしまえば、そもそもこの世界観が成立しない。  ヴィラージュというのは「村」という意味だ。  村の外に出てしまえば、村の物語は進まない。だからただ外を目指した。  目指しながら考えたのは、昨夜の出来事だ。  基本的に寝穢いオレが、何故かささいな物音で目を覚ました。  薄く開いた瞼の向こう、こちらを覗き込む「誰か」がいた。  月明かりに照らされた相手の輪郭。緑とも青ともつかぬ、髪の色。唇に触れたやわらかい感触。そのあたたかさ。  この身体が本当に「シア」ならば、昨夜部屋に誰かが忍び込んできた理由もわかる。  シアはいつでもどこでも誰かに犯されているので、自室で夜這いをかけられそのまま……という展開も十分にありえるからだ。  あのとき悲鳴をあげなければ多分犯されていた。  というか、悲鳴を上げて相手が撤退したということは、睡眠姦的なフラグだったのかもしれない。  悲鳴をあげたことにより、それが折られアダルト展開に発展しなかったのかもしれない。  五感すべてが正常に働いている状況でスチルだフラグだと真面目に考え込んでいる。この違和感は如何ともし難い。  が、実際に夜中に誰かが「シア」の寝床に忍び込もうとしたことは事実だ。  うかうかしていたらいずれ誰かに犯される。  オレは「シア」じゃない……そう訴えようとしたら、そもそも声が出なくなった。理由はわからない。  けれども現状、村の誰かにオレが本当は「山田保」だということを知らせることはできないのかもしれない。  本当に不可能なのか。できることなら数人相手に試してみたい。  が、むやみに声をかけてしまったらそのまま茂みに引っ張り込まれるかもしれない。シアは骨の髄までそういう役回りなのだ。  それを思うと、目覚めて最初に顔を合わせたのがアサドでよかった。  アサドは、ヴィラージュの中で数少ない……いや唯一、シアとの絡みスチルが存在しないキャラクターだ。  容量オーバーで意識が飛んだときも、結局なにもせず部屋のベッドに運んでくれていた。  他のキャラならこうはいかない。これ幸いとセクハラが始まり、気づいたときにはコトの最中……十分ありうることだ。  失神したのがアサドの前で本当によかった。  今更ながら人前で意識を手放す危険性に気づき、人の好い赤毛の羊飼いを心中で拝み、それからふと顔が上がった。 「……?」  村の外を目指す道中、眼前に広がる気配に違和感を覚えた。  考えごとをしながらとはいえ、結構な距離を歩いたはずだ。なのに村の外にはまだ着かない。  そもそも、シアの暮らす教会は村のはずれにある。はずれということは、村の外にほど近いということだ。それなのに。  勝手に足が止まった。  振り返った背後には、これまで歩いてきた砂利道。  道の両脇には草原が広がっていて、羊や牛、ヤギなんかの家畜が日中は放されている。  遠く、飛び出してきた教会が見える。視覚的にはまあまあの距離を歩いてきたのだとわかる。  それなのに、まだ村から出られたという気がしない。 「……」  じわりと腹の底から「嫌な予感」が這い上がってくるのがわかった。背筋をひんやりとした汗が流れたのも。  衝動的に踵を返し、早足で村の外を目指す。  早足は徐々に駆け足となり、気づけば全力で砂利道を走っていた。  冷たい空気に頬がぴりぴりと痛んだが、まるで気にならなかった。  とにかく早く村をでないと。それしか考えることができなかった。 「シア?」  名前を呼ばれたのは、全力で駆け出し初めてすぐのことだった。  突然呼びかけられ、反射的に足が止まる。声の方角に目を向けると、そこにはひとりの男がいた。まずい。本能が告げた。  村長さんちのツンデレ息子、ライアだ。

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