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第8話
アサドとライアはまあまあ仲が悪い。
いや、単純に不仲というには多少語弊がある。ライアの方が一方的に毛嫌いしているのだ。
幼馴染のふたりは以前は今よりもずっと仲もよく、よく一緒に遊んでいたらしい。
そんな関係に変化が生じたのは、ふたりが成長期に入った頃のこと。
ライアの背丈はすくすく伸びた。が、それ以上にアサドは伸びた。ライアが多少見上げなければならないくらいに。
それまでアサドの兄貴分としてふんぞり返っていたライアには、どうにもこうにもそれが我慢できなかった。
弟分のアサドを見上げなければならないなんて、と。
内心、くだらないことで張り合っていることはわかっていた。けれどももう、今更態度を改めることはできない。
そうして、ライアはアサドを煙たがる……ふたりは不仲、この構図が完成した。
これは「受寄り」のライアルートで明かされるエピソードだ。
事後の甘ったるい空気の中、誰にもいうなよとねだられたヤンはそれに頷いた。だからこれはヤンとライアだけの秘密で、当のアサドも知らないことだ。
お陰でアサドは未だに何故ライアが事あるごとに自分に突っかかってくるのかが理解できず、釈然としない表情で頭を捻るばかり。気の毒な男だ。
そんなアサドが近づいてきたのに気づいたライアの、視線の温度がわずかに下がる。
「んだよ羊飼い」
ライアが横目にアサドを睨む。この視線の理由が「自分より長身」だとは思うまい。
ふらふらしながらもそんなことを考えたのが伝わってしまったのか、ぐり、と中を抉られまた情けのない声がもれた。
ぎゅっと瞑った目尻からじわりと涙が滲み出るのがわかる。アサドがちらりとそれを見たのも。
「いや……そいつ、今具合悪いんだよ。今朝も教会でひっくり返っちまったし……」
「だから?」
「あッ、ぅ……」
このタイミングで、中の圧迫感が増した。差し込む指を増やされたのかもしれない。
アサドの方はライアとやり合う気はないらしい。
ちらりとこっちを見ては気まずく目をそらし、それでもライアを説得しようと言葉を重ねる。
「具合悪いときにそういうのはさ、その……可哀想だろ」
「可哀想なわけあるかよ。嵌めまくって暑くなったからって薄着で外にでるようなエロ神父だぞ」
「ちが……」
びっくり眼のアサドと目が合った。慌てて否定してみたが、アサドが信じたかどうかはわからない。
シアがこの「村」の住人たちにとっての「穴」だということは、きっとアサドも知っている。ライアの言葉があながち嘘ではない可能性があることを、知っているはずだ。
だから気まずい。助けを求めてしまったせいで余計に気まずい。このまま見捨てられたら、オレは一体どうすれば……
一向に「シア」を放そうとしないライアにアサドは困り果てた様子で沈黙している。ライアと「シア」の主張の間に揺れながら、それでもなにか言葉を探している。
その間にもぐちぐちと中を捏ねられ、はしたない声がとぎれとぎれにもれた。
「それに」
ぽつりとアサドが呟く。ライアは無言で先を促す。
その傍らで喘ぐ「シア」。場違い感がすごい。
「さっき、ヤンがライアを探してた……そのうちこっちにも来ると思う」
「……」
アサドの口から「ヤン」の名前が出た瞬間、尻に埋まっていたライアの指がぴくりと震えた。そんな些細な動きにも身悶える「シア」。まあまあどうしようもない。
ヤンの名前が出た以上、きっとライアは無視できないだろう。
なにせヤンはヴィラージュの主人公だ。優先順位としてはかなり上の方だと思う。
そんな予想通り、しばらく沈黙し考え込んでいたライアは、切れ味鋭い舌打ちひとつとともに拘束を解いた。
勢いよく指が抜かれ、その拍子に達しそうになった。半ば突き飛ばされ、身体がアサドの胸に倒れ込んだ。
ライアはコートを羽織り直して舌打ちをもうひとつ、こちらとアサドを交互に睨みつけるや踵を返す。多分、ヤンのところに向かったんだろう。
「……」
遠ざかっていくライアの背中を見つめ、しばし呆然とし、それからやっと……やっと、窮地を脱したという実感がわいた。
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