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第12話

 水色の髪。  暗がり月明かりの下なら、青っぽく見えるんじゃないだろうか。  いきなり容疑者候補が現れた。  近づいてくるアンジェーニュにぎこちなく微笑み返しながらも、不思議な高揚感といい知れぬ焦燥感があった。  教師アンジェーニュは、どちらかといえばちびだ。  顔だって幼い。というか美少女。顔だけ見れば美少女キャラだ。常日頃ちびっこたちを相手にしているだけあって、物腰もやわらかい。  本来ならば警戒しなければならないような奴じゃない。  が、この無害そうな子栗鼠系教師にも「シア」との絡みスチルが存在する。  童貞のように初々しい表情で、哀れっぽく目を潤ませながら、受さながらに喘ぎつつシアを犯す。  完全に受顔なのに気にせずルートを進めると大抵攻になってしまう、地味に難易度の高い奴だった。ちなみに巨根。美少女童顔巨根えぐい。 「おはようございます……あの、今日は子供たちは……?」  いつものアンジェーニュなら村の広場にちびどもを集め、読み書きを教えているような時間帯だ。多分。  アンジェーニュを落とす際、遭遇率を上げるためには朝一に広場に向かう必要があった。だからそういう「設定」のはずだ。  それなのに、今日に限って何故。  遠巻きに眺めながら訊ねると、アンジェーニュは眉尻を下げ、困ったように苦笑した。  笑いかけられても何がいいたいのかはまったくわからない。  てくてく、中央の通路を進んだアンジェーニュは、二列目左側の椅子にちょこんと腰掛ける。擬音がちょこん。成人男子でそれはやばい。  つやっつやの水色の髪にあどけない美少女顔。天使も裸足で逃げ出す清廉さ。  アンジェーニュは来訪の理由を告げることなく、そっと両手を組んだ。  正直、半魚人像よりもよほど聖女っぽい。組んだ手に額を寄せ、目を閉じる。外見だけは抜群に可愛い。  熱心に祈りを捧げるアンジェーニュは、こちらのことなど気にもとめていないようだ。 「……」  もしかして、無駄に警戒しすぎただろうか。ふと脳裏にそんな思いがよぎる。  本当になにか悩みがあって来たんじゃないだろうか。どうしたと声をかけた方がいいんだろうか。  それとも、そっとひとりにさせてやった方がいいんだろうか。  すこし考え、すこし迷ったが、結局黙って席を外すことにした。  近づき「どうした」と声をかけるのはさすがに危険な気がしたというのもあるが……それ以上に、自分だったら熱心に神頼みしている姿を人に見られたくないだろうと考えたからだ。  会ったこともない、声を聞いたこともない、まして助けてくれたことなんて一度もない相手に祈りを捧げるなんて、相当のことだ。  自室に戻ろうと、足音を忍ばせそっと扉へと向かう。  が、礼拝堂から出るよりも先に、まるで引き止めるような溜息が聞こえてきた。  ぴたりと勝手に足が止まった。そっと振り返る。アンジェーニュはやはりこちらのことなど見向きもせず祈り続けている。  気のせいか。  改めて扉に手をのばす。と、再び溜息。まるで黙って出ていこうとするオレを咎めるような…… 「……」  これはフラグだろうか。  このまま出ていったら、部屋まで押しかけられるかもしれない。これがフラグなら走って部屋に向かったとしても逃げ切ることはできないだろう。  だが、今ここで引き返すことの方が明らかに危険は大きい。  手を伸ばして触れられる距離まで近づくということは、すなわちそれだけ捕まりやすくなるということだ。  非力にして最弱の草として、ここで情に流されるわけにはいかない。 「……あの、大丈夫ですか……?」  なけなしの良心で扉前、祭壇脇から声をかける。が、まるで聞こえていないようにアンジェーニュは動かない。  それなのに、扉に手をかけると白々しい溜息が追いかけてくる。  ここまであからさまに誘導されると、アンジェーニュを振り切って部屋に戻る方が逆に罠という気がしてくる。こうしている間にも部屋に誰かが忍び込んでいて、まんまと逃げ込んだ末の輪姦フラグ的な……  その可能性を思うと、項垂れるアンジェーニュをそのままにしていく方がおそろしいような気がし、渋々踵を返した。  とはいえ完全には近づかない。近づけない。  扉に一番近い、一列目右側右端の椅子に腰掛け美少女もどきを振り返る。  アンジェーニュは二列目左側通路よりの席に座っているので、話しかけるには多少遠いが近づくのを拒んでいるようには見えないだろう。 「なにか悩みごとでも?」  再びぽつりと声をかけると、ようやくアンジェーニュが顔を上げた。  沈んだ表情でちらりとこちらを見て、ひどくがっかりした様子でまた項垂れる。距離が遠い。暗にそう責められているみたいだ。  仕方なく、じり、と椅子の真ん中に移動した。再び、アンジェーニュと呼びかける。反応は同じ。  やむなくもうひとつ左の席へ。これでもうアンジェーニュは通路を挟んだ斜め後ろ。  これ以上は本当にまずい。まだなにをされたというわけでもないのに、背筋に冷たい汗が流れる。  昨日のライアのせいで、主要キャラに近づくのが本当におそろしい。  ここはさっさと悩みを聞いて、さっさと追い返そう。びびる己を戒め、腹に力を込め、意を決して斜め後ろを振り返る。  と。 「神父さま」 「ッ!」  振り向いたその目の前にアンジェーニュが立っていた。

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