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第16話
アサドは「お口直し」中にもかかわらず、はしたなく反応したものを……嫌がる素振りなく鎮めてくれた。
捲くり上げた袖口まで湯に浸け、指を絡ませる。ゆるゆると扱き上げる動きに合わせてゆらゆら水面も揺れる。
そうしながらも「お口直し」は終わらない。
手伝いの妨げになるからと、反射的に閉じる足を開くよう命じられる。それに従うのは大変な羞恥プレイだった。
内股を震わせながらもいわれたとおりに足を開いたのは、相手がアサドだったからだ。
高まる射精感のままに、両腕を伸ばし眼前の身体に縋る。舌と舌とを絡ませながらも腰が戦慄く。
お口直しが終わる頃には、まるで一緒に風呂に入っていたみたいにアサドもびしょ濡れになっていた。
「襲われたッ?」
アサドが素っ頓狂な声を上げる。
風呂を終え、部屋でデザインは同じだけど新しい服に着替えながら、ぽつりと打ち明けたときの反応だ。
正直「シア」が襲われることなど特別珍しいことではないし、実際今しがたもその現場に遭遇したはずだが……アサドは目を丸くさせ非常に新鮮に驚いてくれた。
「数日前……気づいたら誰かが部屋にいてさ。寝てるオレのこと覗いてたんだ」
声を上げなければ危険だった。呟く言葉に、アサドがぽかんと開いていた唇を閉ざす。
突然こんな話をされても困るだろうな。
そう思いはしたが「シア」には相談できる相手がひとりしかいない。この村で唯一、自分を性の対象として見ない……この男しか。
「正直、部屋でひとりで眠るのがこわい」
また誰かが忍び込んでくるかもしれない。たとえ鍵をかけていたとしても、ヴィラージュにおける「シア」の役回りを考えれば安心なんてできるわけがない。
次は気づけないかもしれない。気づいてもライアやアンジェーニュのときのようにまともに抵抗することもできないかもしれない。
ただ流されるがままに、いやだやめろと口先だけは囀りながら、喘いで勃起し射精するかもしれない。
嫌悪感しかなかったアンジェーニュの巨大ナマコにすら下肢が疼いた。
良心しかないアサドの口直しに勃起した。
シアは……この身体は、想像以上にだらしなく快楽に弱い。
そうでなくてはこの世界で生きていけないんだろう。気持ちはわからないでもない。
一体なにがどうしてこんなことになっているのか、わかるまでは「シア」役に甘んじていた方が結果的には心穏やかな日々を過ごせるのかもしれない……そんなふうにすら思える。
精神的にはきついが、身体に感じるのは快楽しかない。
割り切って耐えてしまえば……いっそ開き直って愉しんでしまえば、意外と楽しい世界だったなと笑顔で帰ることができるかもしれない。精神的にはかなりきついが。
そう考えるのと同時に、観念してしまったら終わりだという気もする。
諦め来る者拒まず性処理の「穴」として尻を差し出したら、もう二度とここから出ることができないような気がする。
まあ、必死に貞操を守ったところで帰られるという保証もないが。
役割的に、完璧にエロハプニングを避けるのは難しいだろう。わかっているが、だからといって道端で犯されたり職場で口にナマコを突っ込まれたりするのが当たり前の生活はいやだ。
オレは一体どうすれば……ひとたび考え始めると、途端に口数が減る。
答えがどうしても見つからないからだ。
「……しばらく、うち来るか?」
どこか思いつめた声に顔を上げると、ベッドに腰掛け考え込んでいたアサドもこっちを見ていた。
真剣な表情だ。下心皆無。真面目にオレの身を案じてくれているのがわかる。
だからこそ、問いかけられてちくりと良心が痛んだ。
無意識のうちに、オレはきっと相談すればアサドがそう返してくれるとわかっていたと思う。
敢えて同情を誘い、大の男が「独り寝がこわい」と訴えた。アサドがそれを馬鹿にしないとわかっていて口にした。
ひとりがこわいなら、こっちに来るか……アサドならそういってくれるはずだと。わかっていてあの夜の話を打ち明けた。
なのに、いざ望みの言葉を引き出すと、すんなり頷くことができない。
「けど……」
「あ、やっぱあれか……犯人がわかるまでは、俺も信用できないか」
「ちが……ッ」
苦笑いで告げられ、心臓がひっくり返りそうになった。
まさかアサドの口からそんな台詞が出てくるなんて思わなかった。
慌てて近づき、目の前に跪く。赤毛の羊飼いをじっと見上げ、しきりに首を振る。
「違う。そういう意味じゃない。ただ、お前に迷惑が……」
空々しい言葉だ。
自分でいわせたくせに、本当にいってくれたら怖気づく。シアは……いやオレは。自分はこんなに狡い人間だったのか、と自分自身に驚いてしまう。
違う違うと繰り返すと、アサドはまたひっそりと微笑んだ。
大きな掌が頬を撫でてくる。この世界で唯一、オレの味方をしてくれる男の手だ。嫌悪など微塵も感じない。
「なら来いよ。迷惑だったらそもそもそんなこといわないし。お前がしょんぼりしてるの、俺いやなんだよ」
な、と相槌を求められ、気づけばこくりと頷いていた。
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