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第17話
それからの準備は早かった。
鞄に数枚の服と寝間着のシャツを詰め込む。ただそれだけ。
アサドは開いた箪笥の中に同じ服しか並んでいないことに仰天していたし、シアが下着の一枚も持っていないことにも唖然としていた。
「神父の生活って、厳しいんだな……」
呆然と呟いていたが、厳しいのは多分神父の生活じゃない。穴としての生活だ。
一応聖職者として、教会を何日も留守にするのはどうなんだろうかと考えたが、そもそもオレは神父の仕事がどんなものかもわからない。思いつくのは掃除くらいしかない。
ならば日中、ちょっと戻ってきて埃がたまらない程度に綺麗にしておけばいいだろう。
どうせここは、村人たちが神様に祈る場所じゃない。
背徳感を興奮剤に肉欲の限りを尽くすための盛り場だ。
若干の後ろめたさは感じつつも特別未練もなく、礼拝堂の扉を施錠する。その格好では寒かろうとアサドが上着を差し出してくれたので、ありがたく拝借した。
アサドの住む家は、草原に隣接した羊小屋のすぐ傍ら。
青い三角屋根のこじんまりとした可愛らしいものだった。
教会とは違い、玄関を入ってすぐに炊事場と浴槽がある。衝立を挟んだその向こうにはちいさなダイニング。
幅の狭い階段を登った先には部屋はひとつしかなく、レイアウトは教会の部屋とほぼ同じ。片隅にちいさな給湯スペース、ちょっとした書き物用の机と箪笥、ベッドがあるだけだった。
長身のアサドに合わせているのか、ベッドは教会にあったものよりひと回りほど大きい。
「ふたりだと狭いかもしれないけど……まあ、日中は俺、あんまり部屋にいないから。好きに使えよ」
「……」
ここでアサドは暮らしているのか。
ゲームのキャラクターなのに、寝床があって、食事があって、仕事がある。
なにやらそれが妙に不思議で、説明を受けながらもついきょろきょろしてしまう。
給湯スペースの脇にはちいさな籠があり、その中には濃い紫の果実っぽいものが数個入っている。
「こっちに連れてくるなら「おすそ分け」とか、要らなかったな……」
オレの目が果物に向いていることに気づいたらしいアサドが呟く。気まずく視線をそらす首元が、ほんのり赤い。
アサドは照れ屋だ。
昂ぶった「シア」を宥めるときは、いっそ強引なくらいなのに……それ以外では女子中学生みたいにわかりやすく照れる。お陰でこっちも恥ずかしい。
お互い照れ合ってもじもじするこの時間の気まずさよ。
先に音を上げたのはアサドの方だった。
「あッ、そうだ! あの、あれ……シア、せっかく持ってきたけどさ、服、俺のに着替えろよ。教会閉まってんのに神父がこんなとこうろうろしてたら何やってんだってなるだろ?」
「え、あ。ああ、じゃあ……」
突如無駄に明るい声で主張したアサドにまたしてもつられ、こっちも声がひっくり返った。
こんなにぎこちなくて果たして同居なんてできるんだろうか。
一抹の不安を覚えつつも、開いた箪笥の中を物色するアサドを見守る。アサドはぶつぶつなにやらひとりで喋りながら、ぽんぽんベッドに数枚の服を放り投げた。
シャツ。ズボン。パンツ……パンツ!
パンツは嬉しい。彼シャツならぬ彼パンツ。彼じゃないけど。
他人のパンツを穿くのはいかがなものか……冷静に考えれば抵抗ある行為だ。が、他人のナマコ汁の味を知ったオレの敵じゃない。他人のものでもパンツ嬉しい。
促されるままにいそいそ足を通す。絶望は、そこに突然現れた。
「……ゆるい」
腰回りのサイズがまったく合わない。ゴムが通ったパンツなのに。
ウエストがゴムなのに合わないなんて……この場合、シアがガリなのかアサドがでぶなのか……どっちなんだろうか。
「あらぁ……まあお前、肉付き悪いもんな」
穴神父の生着替えを眺めていた羊飼いが、無情にも笑う。アサドは自分がでぶなのではなくシアがガリだという方に一票を投じたようだ。
まずい。このままでは取り上げられてしまう。
「いや、でも! 余るところを縛れば……」
焦って腰回りを手繰り寄せ、ぎゅっと縛り上げる。
ぱっつんぱっつんに引っ張られた股間がぴっちり際立って、地味に卑猥。
自分で上から見てもぱっつりこんもりしているんだ、傍で見ているアサドにはくっきり形まで見えているだろう。
すでに二回お世話になったことのある股間だが、ぴっちりパンツ越しに見られるというのはこれはこれで恥ずかしい。
「……」
「……やめとく」
じっと見つめ、見つめられ、沈黙が数秒……後、負けた。
しょんぼり肩を落としての敗北宣言に、アサドはまた苦笑いした。
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