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第21話

 大股で踏み込んできたアサドが、アルディの胸ぐらを掴み上げた。あ、殴った。  遠慮皆無、ぽかっとやったアサドに唖然、言葉もなく猛るアサドを眺めるオレとは逆に、殴られた割にアルディはにやにやしていた。  気持ち悪い。サイコパス無理。 「悪い悪い。なんか……あの子見たら、なんかやらなきゃなんないような気がするんだよね」  そりゃ「シア」はヴィラージュの穴だし、絡みスチルが存在する主要キャラなら「設定」には逆らえまい。  呆然と考え、ふとそう考えた自分に違和感を覚えた。  主要キャラは「設定」に逆らえない。  つまり、キャラクターたちは「設定」だからこそ「シア」を見かけたらなにかしらのセクハラ行為を働いてくるのであって、実際のところ当人には別にそんな気はないのでは……そのため誰もが、シアの尻に指を突っ込んだりナマコ汁をぶっかけたり乳首責めに興じても悪びれないのではないだろうか。  したいから、ではなく、しなきゃいけないから、する。  その根底にあるのは「設定」だ。  皆設定に逆らえないだけで、別に「シア」という存在を軽んじているわけではない。  ふと脳裏に浮かんだ考えは、なんだか視界が明るくなるようなものだった。  設定がそうなだけであって、キャラクターたちは別に「シア」を性処理の穴とは考えていない。まあライアは若干その気があったが、まああいつはそもそも口が悪い「設定」だ。  こんなことに気づいたところで、別にシアの役割は変わらないし、ヴィラージュにおける穴担としてしょっちゅう襲われる日常も変わらないだろう。  けど、その根底……動機に「悪意」がないかもしれないという可能性は、希望にも似た光だった。  シアは可哀想なキャラだ。  主人公のヤンが脱ぐまで、プレイヤーを飽きさせぬよう身体を張る、本当に本当に気の毒な役回りだ。  ゲームをしているときもそんな風に考えていたが、実際に体験してみてその思いは一層強くなった。  みんながシアに突っ込む。ぶっかける。順繰りに輪姦して愉しむ。  普通に考えてこんなに可哀想な役回りはない。  でもそれがただの「設定」なら、キャラクターたちは別にシア自信を蔑んだり軽んじたりしているわけではないということだ。  よかったな、シア。  他人事ながら自分のことのように嬉しい。嬉しくてまた視界がぼやけてきた。  涙目で傍観するその向こう、猛るアサドと宥めるアルディ。  ふたりはもみ合ったままいくつか言葉を交わし……結局、片頬を腫らしながらもアルディは笑顔で去っていった。去り際、投げキッスされた。そこにアサドは靴を投げ返した。  がつんと壁にぶつかった靴が、ごとりと床に落ちる。鈍器みたいな靴だ。当たったらただじゃ済まない……おそろしい。 「ったく、お前はな……ッ」  興奮のおさまらない様子のアサドが、どっかとベッドに腰かけた。たいしたマットレスではないのに、振動でこっちの身体が跳ねた。  ぎらついた目。ただただ優しい赤毛の羊飼いのはずなのに、なにやらいつもとキャラが違う。 「あ、アサド……」  そのため、確実に助かったのに不安な気持ちが拭えない。  恐る恐る名を呼ぶと、苛ついた様子だったアサドが一瞬動きを止めた。はっとしたように。  軽く目を瞠り、硬直すること数秒。それからふと、息を吐いた。深いやつを一回。  俯き顔を上げたアサドは、いつもと同じやわらかい表情だった。 「大丈夫か?」  いつもと同じ声音で問いかけられたので、やっと安心して泣くことができた。  大の男とはいえ、こうも襲われたら怖いものはこわい。そういう設定なだけだと理解しても、だからといっておそろしくないわけじゃない。  めそめそしているとアサドが頭を引き寄せてくれたので、男の胸を借り存分に泣いた。  人の好い羊飼いは、その間ずっと頭を撫でてくれていた。 「……またこんなことになってるのか」  男がぽつりと呟いたのは、ひとしきり泣き終えその場の空気が落ち着いてきたときだった。

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