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第23話
愛の狩人アルディをぽかっとやって以降、なんとなくアサドの雰囲気が変わった……ような、変わっていないような……
穏やかな性格も優しい態度も変わらないが、それでもなんとなく違和感を覚える。
が、それが「なに」とはわからないので、当人に指摘することもできない。
そんな風に胸の奥にわずかな引っ掛かりを覚えながらも、同居生活も数日が過ぎた。
案の定、教会が数日閉まっていても村人たちは誰もなにもいわない。当然だ。
村人からすれば、数ある盛り場のひとつが最近営業してないな……程度の認識でしかないんだろう。
一度だけアサドに付き合ってもらって掃除をしに行ったが、そもそも手入れしなければ汚れるなんて「設定」はないようで、礼拝堂の中は綺麗なものだった。
ここ数日、アサドは毎夜「シア」を腕に抱いて眠る。
アルディに襲われている現場を目撃されてから、オレよりもアサドの方が外を警戒するようになった。
実際に襲われている現場を見られたのは初めてのことじゃない。
美女顔ナマコ保持者アンジェーニュのときはぎりぎり事後だったが、バンド系パッキンツンデレ息子ライアのときは完全に最中だった。あのときは尻に指を突っ込まれていたし、アサドも多分それに気づいていた。なのに。
アサドの中で、なにかしら心境の変化があったんだろうか。
シアが村の「穴」であることは周知の事実だ。
だから誰でもシアを襲うし、シアが襲われたって誰も怒らない。シアの身体は村人皆のものだ。
だからこそアサドは、事後処理は手伝ってくれてもシアを襲った相手を咎めることはなかったんだと思う。
「……あ」
そこまで考え、ふと違和感の正体に気づいた。
アサドが変わったのは、アルディをぽかっとやって以降じゃない。
ぽかっとやったその瞬間から、もういつものアサドとは違っていたんだ。
ヴィラージュのアサドなら、アルディを殴ったりしない。ライアのときのように、オレが助けを求めたらしどろもどろ手を貸してくれたかもしれないが、事情も聞かずに突然殴りつけたりしない。絶対に。
アサドはそんな男じゃない。
オレよりも外を警戒するのだってそうだ。
なにかあった後に、ただ親切心から慰めてくれる。
これが通常パターンのようだが……今のアサドはそもそもその「なにか」を事前に防ごうとしている。夜は「シア」を腕に抱いて眠るし、日中も基本的にはそばにいてくれる。頼んでもいないのに。
お陰で名もなき村人には襲われていない。
ひとりで歩いていると勘違いして物陰に引き込もうとする輩は何人もいたが、そばにアサドがいると知ると皆去っていった。
それを何度も繰り返しているうちに、村人たちは「シアのそばには常にアサドがおり、周囲に目を光らせている」と勘違いしたようだ。
そのため、すこしくらいならひとりで出歩いても大丈夫になった。
誰かに腕を掴まれても、ちらりとアサドを探す目を周囲に向ければ追い払えるからだ。
一体なにがどうなっているのかはよくわからないが、ひとりで出歩けるのは純粋に嬉しい。
鼻歌混じり、軽い足取りで市場へ向かうと、人はあまり多くなかった。そのくらいの頃合いを見計らって出てきたんだから当然のことだ。
今の時間、大抵の村人は家に戻って昼飯を食っている。
そんなタイミングを狙ってひとり買い出しに出てきたのは、どうしても卵が欲しかったからだ。
実は今日、アサドが出かけている隙にうどんを作った。
うどん。
材料の分量なんて全然覚えていないが、小麦粉と塩があればどうにかなるんじゃないかと考え、半日かけて捏ねてきた。
本当はテレビでよく見るみたいに袋に入れて踏みつけにしたかったが、ここにはビニール袋というものが存在しない。
しかもオレのうどんの知識は、小学生の頃の家族旅行……そこでの手作り体験のみだ。
こまかいことは全く覚えていないが、とにかく楽しかったことと意外と美味かったことだけは強く記憶に残っている。
今朝方ふと、そんなことを思い出した。思い出したらどうしても作りたくなった。
ぶっちゃけ、アサドとの同居生活は平和だが退屈だ。することがない。
留守中の家の中、できるのは掃除と飯の準備くらいで……それだって慣れてくると意外と早くに終わってしまう。
アルディにキレたアサドが玄関扉の鍵を付け替えたので、施錠さえしていれば侵入者の心配もない。
平和。でも暇。うどんでも作ってみなきゃやってらんない。これだ。
こねこね捏ね倒し、ひとまとめにして今は生地を寝かせている。その間にスープ作りだ。
干した魚があったのでそれと塩で味付け。醤油が見当たらなかったのでどう考えても味が足りなさそうだが……それに代わるものはアサドが戻ってきたらなにかないか聞けばいい。
で、あとは卵。
うどんといえばやっぱり月見うどん。これね。
アサドにもらった金で卵をふたつ購入。任務完了。
完全に虎の威を借る狐状態とはいえ、ひとりでお買い物とはオレも随分立派な草になったものだ。なんとなく誇らしい。
とはいえ油断は禁物。目的を果たしたらさっさと部屋に引っ込むのが賢明だ。
ご機嫌で通りを引き返す。
「あれぇ、神父ちゃん。ずいぶんご機嫌さんだねぇ」
妙にねっとりとした口調で呼びかけられたと思うと、するりと首に腕がまわってきた。ぞくりとした。
視界を虹色が掠めたので、どきりともした。
「あ……」
こわごわ顔上げ、数秒呼吸を忘れた。まずい。
主要キャラだ。
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