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第25話
一ヶ所に主要キャラがふたり。
それだけなら今までもあった。
ライアとアサド。アンジェーニュとアサド。アルディとアサド。
とアサド、なら何度もあった。
けど、シャオメイとガイル……?
「……まずい」
「なにが?」
思わず声に出てしまった。
今まで何度思い描いたかわからない言葉。まずい。これは、非常にまずい。
きょとんと目を丸くするシャオメイに答えることもできず、勝手に足がじりじり下る。逃げないと。
今度はアサドは来てくれない。助けは絶対に現れない。どうにかひとりででも逃げ出さないと、確実にやられる。
「可愛いのってなんだよ……シアじゃねえか」
振り向いたガイルが苦笑いしている。口では否定しているが、その表情は肯定と同じだ。
皆の兄貴分であるガイルは、もちろんシアにとっても兄貴分。
寒い夜にこの部屋を訪ね、なんだかんだでそういうことになる。
膝を抱えた背面座位。ガイル相手だとシアもあまり抵抗しない。深々と刺されても「深ぁい……」とうっとり啼くだけ。
シアのトロ顔と背中越しにそれを眺めるガイルのイラストが脳裏によみがえる。
シャオメイ相手はどんなだっただろうか。
派手な衣装のインパクトが強すぎて肝心のエロスチルが思い出せない。
「可愛いでしょ? 外がすっごく寒いからさぁ、ちょっとあったまりがてら遊ぼうと思ってね」
ね、と相槌を求めるついでみたいに、つ、と指先で頬を撫でられた。
ガイルはまた苦笑し「なるほど」と頷く。
明らかにオレは状況についていけていない顔をしている……はずなのに、全然疑ったりしない。これも設定だろうか。
どうしよう。
びびって足が動かなくなった。身を翻し駆け出そうにも、扉の前にはシャオメイの身体。
シャオメイは細身だが、だからといって「シア」が突き飛ばせるほど貧弱じゃない。
というかシアの腕力じゃあのちびのアンジェーニュにすら敵わない。
「で、でも……卵が……」
この期に及んで何故卵という単語が自分の口から出てくるのかがわからない。
多分シャオメイもわからなかったんだろう。また目を丸くして、それからにこりと微笑んだ。
伸ばされてきたほっそりとした手が、両手に握る卵を取り上げる。爪まで虹色。キャラがぶれない。
取り上げられた卵は、ガイルが腰掛けていたすぐ側の棚……あつあつの炉にほど近い場所に置かれた。
「ほら、卵なら大丈夫。ここあったかいから。ちょっとだけ遊ぼ。ね?」
指を引いて導かれる。それに逆らうことができない。
走って逃げたいと考えているのに、身体の方がいうことをきかない。
背中が弾力のある壁にぶつかった。ガイルの胸だ。ガイルの分厚い手、太い指が肩を掴んでくる。
「俺も?」
「なに? いらないの?」
悪巧みの微笑で問いかけるシャオメイに、ガイルは苦笑いしか返さない。否定しない。
一緒に遊ぶのもやぶさかではない。そういうことだろう。
助けはこないとわかっているこの状況で、二対一。
ひとり相手でも逃げられない「シア」がふたり相手に逃げられるわけがない。というか、現に身体が動かない。
シアはこういう状況をひとりで打破できるよう「設定」されていない。
でも本当はいやだ。本当は逃げたい。
自分が思うように動かない身体に、若干諦めの気持ちがわいてきているのもいやだ。いやだ。
ぽとりと左目から涙がおちた。
「どうしたのシア」
泣けばさすがに同情するらしい。
屈み込んだシャオメイが、涙を拭いながら問いかけてくる。哀れっぽい表情でシアを見つめている。
が、シアを泣かせているのは他ならぬ自分だということには気づいていないようだ。
「あ、遊びたくない……家にかえりたい……」
めそめそしながら訴えると、シャオメイは一層悲しげな表情になった。
背後のガイルも、多分似たような顔をしていると思う。
「そんな顔しないで。ちょっとだけだから。ひどいことしないよ?」
「帰りたい……」
説得に応じることはできない。身体が動かない以上、今のオレにできるのは言葉での抵抗だけだ。
泣きながら帰りたいと訴えるなんて大の男のすることではないが、致し方ない。
山田保がやったらドン引き案件だが、幸いシアは見た目は綺麗可愛い。泣き顔も絵になっているはずだ。
しくしく泣く「シア」にシャオメイが困っている。後ろのガイルも困っている。
もうひと押し……この調子で情に訴えかければ、もしかしたら解放してくれるかもしれない。
そんな考えがふと脳裏をよぎった。瞬間、
「あ! そうだ!」
シャオメイがぱっと明るい声を上げた。
渾身の泣きの演技も忘れ目を向けると、シャオメイはこちらに向けてぱちん☆とウインクしてきた。きもい。
「楽しくなれるお薬あげるね! 貴重なものだけど……シアは特別」
きゃ、とはしゃぎながら荷物を探るおねえのインパクト、すごい。
というより、今なんと……?
どう考えても不穏な単語が鼓膜を震わせたが、脳が拒否して意味がわからなかった。
二秒前まで、逃げ出せそうな雰囲気だったのに。いけると希望を抱いたその瞬間、なんでこんな展開に。
「じゃーん!」
じゃーんじゃねえ……あまりに予想外の展開に、呆然とシャオメイを見上げる。
おねえが荷物から取り出したのは、とろりとした液体の入った瓶だった。色はピンク。毒でしかない色だ。
まさか。
こういうときの嫌な予感というものは、大抵当たる。
絶句するその目の前で、栓を抜いた中身をシャオメイが呷る。まずい。
危険を感じたときにはもう、両手に頬を挟まれていた。
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