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第29話
その後、どうやって戻ったのかは記憶にない。
けれども気づけば教会の、自分の部屋の中にいた。汚れた下肢もそのままに、ベッドにこもってひたすら震えた。
あんなに心の拠り所にしていた男が、突然得体のしれないもののように感じて……おそろしかった。
気づけばすこし眠っていたらしい。
それでもまだ外は暗く、転がったまま見上げた窓の外には丸い月が見えた。
現実逃避に三日くらい眠りたい気分だが、目を瞑っても眠気はやってこない。
正直、尻はまだもぞもぞしていたが、あの男が散々弄ってくれたお陰で我慢できないほどではなかった。
あの男。アサド。
「……」
眠れないので仕方なく、枕を抱いて月を見上げる。
目を閉じていても、開いていても、月を眺めていても、結局頭に浮かぶのはあの男の顔だ。
勃起していた。完全に。
善意で助けてくれているのかと思っていたが、そうじゃなかったということだ。
あの男にとっても「シア」は「穴」でしかなかった。
ライアに襲われたとき、しどろもどろに手伝いを申し出てくれた。
アンジェーニュのときは風呂までいれてくれた。
アルディのことはぽかっとやってくれたし、毎夜抱きしめて眠ってくれた。
そこに性的なものは一切なかった。なかったはずだ。
けど勃っていた。
あのときも、あのときも、あのときも、単にオレが気づかなかっただけで反応していたのかもしれない。
それをひた隠し、なんでもない表情を取り繕っていたのかもしれない。
大した名優だ。
そんなことも知らずに、何度も身を委ねてしまった。いずれ、他の村人と同じように「使われる」未来なんてすこしも想像しなかった。その可能性すらも。
男の身体は心地好かった。
掌も、体温も、吐き出す息の味すらも。
すこしも疑うことなく、あの身体を堪能した。与えられる快楽に酔い痴れた。馬鹿なことをした。
あの、最初の夜の不審者だってあいつだ。
深夜の部屋に忍び入り、じっとこっちを見ていた。唇を寄せてきた。声を上げたら逃げていった。
月明かりに照らされた、青のような緑のような髪の色……あれはどういうからくりだったんだろうか。
犯人があいつなら成立しない色だ。奴の髪色は赤。なにをどうしたって青や緑には見えないだろう。ならば、
「……ま、いいか」
どうでもいい。
一体どうやってあいつがこの部屋に忍び込んだのかも、赤い髪の色をどのようにして変えたのかも、今となってはどうでもいい。
村人たちがこわかったけど、結局「シア」が一番警戒しなければならなかったのはあいつだった。
唯一、シアとの絡みスチルの存在しない男。
そんなものは最初からいなかったんだろう。
となると、取りそこねていた残り二枚のスチルは、アサドとシアの絡みだろうか。
「……」
ふとその可能性に思い至って、勝手に身体が起き上がった。
もしそうだとしたら……あの男との関係はこれで終わりじゃない。また来る可能性がある。
部屋に忍び込むだけの行動力のある男だ、油断している今夜にでもやってきて、そのまま犯されるなんて展開も十分に有り得る。
ぶっちゃけ、他の主要キャラに手荒く扱われるのは仕方ないと思える。最初からそうだと知っていたんだから、おそろしくはあるが相手に絶望したりはしない。
けど、あの男に犯されるのは……いやだ。
ずっと心の拠り所だった。そんな相手の本性なんて知りたくない。あの男に「使われる」のは、どうしてもいやだ。
逃げないと。
衝動に突き動かされベッドを降りる。箪笥から着替えを出そうと駆け寄り、途中でぎくりと足が止まった。
窓の外にだれかいる。
立ち尽くし、じっとこっちを見上げている。アサドだ。
「ッ!」
驚いてその場に屈み込んだ。反射的に息を止めた。
窓に人影が映り込まなかっただろうか。ここに「シア」がいると気づかれなかっただろうか。
どくどく体内に血が巡り、咄嗟に悲鳴を押し殺した、口を塞いだ手が震えた。
上がってきたらどうしよう。なんらかの方法でここまでやってきたら。たとえば合鍵なんかを持っていて、今にもその扉を開いて、
「まずい」
勝手に声が出た。と同時に、改めて箪笥に駆け寄り中身を全部抜いた。比較的軽くなったそれを、必死に押しやり扉を塞ぐ。
あいつが上がってきても、たとえ鍵を持っていたとしても、絶対に入って来られないように。
非力な「シア」には大変な重労働だったが、どうにかこうにか扉を塞ぐことはできた。
もし窓から入ってこようとしたら、突き落とさなければならない。息を殺して窓辺に近づき、そっと外の様子を窺った。
男はじっと立ち尽くし、こっちを見ていた。ずっと。
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